傷物語(終)

 そんなわけで「傷物語」最終章。2年越しの完結編。
 簡単に言うと。工場の機械油が原因で、僕の両腕が痛んで腫れてしまった。その原因はなんだったのか、という考察の話である。詳しい経緯を知りたい人は「サグラダ・ファミリア」を読んでね。
 当初の予定とは、内容も構成も変わってしまうけれど、続けるつもりはなかったものを続けようとしたのにも拘わらず、なかなか書くことができなかったのだから仕方がない。「第2の解釈に最終解答を加えた」記事をここで書いておこう。
 症状の悪化した理由が、作業服の下に半袖下着を着たせいだと考え、長袖のシャツに戻したものの、4月になろうという時期に長袖のシャツは暑い。怪我を直すため、長袖の下着を買ったきた。それを着て仕事をしつつ、休憩時間にはきちんと手や腕を洗い、家に帰ったらオロナインを塗ることによって、僕の傷は徐々に治りつつあった。
 というのが、これまでのあらすじ。その続きをこれから書くよ。

 2015年4月16日のことである。痛みのピークから3週間が過ぎていた。
 機械油による腕の腫れと痛み、という大義名分があったので、残業を頼まれることはなくなった。回復するまでは、定時上がり生活である。また、新入社員によるストレスもなくなったので──詳しくは「居場所を守ろう」で書くつもり──機械油に注意しつつ、定時までの仕事をきちんとこなせば良い、という以前よりは落ち着いた作業環境になっていた。
 そんなある日、メインの作業をしている途中、腕時計が原因だったのではないか、という考えが浮かんだ。
 腕が腫れて以降は、腕時計を外して仕事をしていた。腕時計を嵌めているだけで腕が痛く、嵌めるためにはバンドの長さも変えなければいけない。休憩時間にはチャイムがなるし、時間を確認したいのなら壁に掛かった時計を見れば良い。仕事中、僕は腕時計を付けなくなった。それがのちに、腕時計をなくすことに繋がるなるのだが、それはこの件には関係がない(2年越しで書くから時系列が乱れてしまうのだ)。
 腕時計を嵌めて、その上に長袖作業服を着ると、腕時計は長袖に隠されてしまう。それを見るには、もう片方の手で、裾を捲ったり、引っ張ったりしなければならない。確認前に、ウエスで指の油を拭き取ってはいるけれど、水で洗い流したわけではない。いくらかの油が残っているその指で、長袖の裾を引っ張ったり、手首を掴んでいるのなら、裾や手首に油が付くことも考えられる。
 この場合、腕時計を見たあとで、裾を戻してしまうため、休憩時の手洗いでも落ちることがなく、それに気づかないまま、1日の作業を終えることになる。油が落ちるのは、仕事を終えて、家に帰ってシャワーを浴びたとき。それまでずっと、腕は油に塗れたまま。加えて、1日に何度か腕時計で時間を確かめるので、1回の油は少なくても、何回も確認するたびに、腕に付いた油が多くなっていったものだと思われる。その結果、腕の痛みや腫れに繋がっていったのではないかと。
 これが「第2の解釈である」。油の残った指で腕時計を確かめたため、袖や手首に油が付いてしまった、というのはあり得ないことではないけれど。その場合、痛むのは左腕だけになる。右腕の説明ができない。ただ、このとき傷は治りつつあったし、僕が納得すれば本当かどうかは関係がないので、右腕の方は、慣れない作業をしているときに、機械油が引っ掛かってしまったんだろう、という無理やりな考えに落ち着いた。
 というのが、本来は最終章のはずだったけど、「最終解答」に気づいてしまっため、ここまでの考えは「第2の解釈」になってしまうのだ。そんなわけで、これから書くのが、「傷物語」最終章。これで本当に終わりだよ。

 2015年11月2日のことである。
 長袖下着とオロナイン、仕事に対する慣れ、機械油に対する耐性、それら諸々により、痛みや腫れが再発することはなかった。夏場にあせものようなものを見つけたけれど、休憩時にきちんと両腕を洗い、帰宅後にオロナインを塗ることによって、症状を悪化させることなく、回復させることができた。機械油による、腕の痛みや腫れは、遠い昔の出来事になっていた。
 その日は朝から冷え込んでいた。夏の暑さが残っているうちは、半袖作業服(夏服)に半袖下着で続けるつもりだったけど、そろそろ長袖作業服(冬服)と長袖下着に変えた方が良いかもしれない。ただ、冷えるのは雨が降っている朝の間で、仕事を始めるころにはいつも通りの暑さに戻っているかもしれない。とはいえ、悠長に考えている時間はなかった。
 とりあえず、半袖下着で出勤して、どちらにするかは職場に着いてから考えよう。夏服も冬服も、どちらもロッカに置いてある。そこでも寒いような長袖作業服を着れば良いし、暑くなりそうなら半袖作業服を着れば良い。半袖下着であれば、夏服冬服、どちらでも着ることができる。長袖下着の上に、半袖作業服を着るのは避けておこう。斬新過ぎて工場内の有名人になってしまう。
 ところが、ロッカに着いた時点でも、どちらを着れば良いのかはっきりしなかった。どちらでも良いと言えば、どちらでも良いような感じだった。最終的に長袖作業服を選んだのは、天気が悪く、曇りがちであったという理由による。そして、全体朝礼のある日だったので、どちらを着れば良いのかを、悠長に考えている時間はなかった。
 そのため、長袖作業服の下に半袖下着という組み合わせが、かつての、機械油によるかぶれの症状が悪化したときと同じではないか、と気づくのは、仕事を始めてしばらく経ってからである。不味いな。
 以前と違って、機械の使い方には慣れてきており、油の飛び散りは最小限に抑えられるようになっている。また、機械油に対する耐性もそれなりにできているだろうから、今日1日この格好で仕事をしたところで、特に問題はなさそうだけど、かつての痛みや苦しみを味わうことは避けたい。
 とはいえ、仕事を中断して、着替えにいくわけにもいかない。そんな理由で、仕事場を抜けることはできないだろう。それならば、長袖作業服の袖を捲ってしまえば良い。長袖下着と長袖作業服の両方を捲るのは難しいけれど、着ているのは半袖下着である。幸い、気温が上がってきたこともあり、工場内はそれほどの寒さではない。長袖を捲れば、暑さが軽減されるし、油が飛んだときにすぐ気づくことができる。
 そして、両腕の袖を捲ったあとで、これが腕の痛みやかぶれの原因だったのではないか、ということに気がついた。
 欠勤以降、暑さで蒸れないため、長袖作業服の下に着る服を半袖に変えて、腕が蒸れないようにしていたけれど。それでも暑いときは、長袖作業服の裾を捲って仕事をしていた。今の仕事を始めた年は、長袖作業服(冬服)しか持っていなかったので、半袖作業服(半袖)が届くまでは、長袖作業服で仕事を続けなければならない。少しでも暑さを軽減させるには、袖を捲るのは自然な考えだろう。
 かつてのかぶれから8カ月後、僕は真相に思い至った。
 長袖の裾を捲るとき、当然、指先をウエスで拭うけど、油の拭き取りは完全ではない。油の飛び散りに気づかない場合、袖は長袖のままである。休憩時に洗うのは、外部に晒された腕だけで、長袖で覆われているときには洗うことはない。つまり、袖を捲ったときに少なくない油が腕に付いてしまうけれど、そのことに気づかず、袖を戻したり、長袖のままで仕事を続けてしまう。その結果、腕に残った油が少しずつ堆積されていき、限界が来たときに、早退、欠勤に至ってしまったのではないかと。
 これなら、両方の腕が腫れて痛んだことも説明がつく。左腕は腕時計、右腕は慣れないのため、という牽強付会な理由づけよりは納得できる。本当かどうかは解らないし、確かめようがないのだから、僕が納得できれば構わない。痛みや腫れが治っていないならともかく、一時のひどい状況が嘘だったかのように、両腕は回復しているのだ。自分の推理を信じよう。
 対策として、長袖作業服(冬服)のときは、袖を捲らないで作業をすること。働き始めた当初と違い、機械油の飛び散りは最小限で仕事ができるようになっている。手を洗うときなど、捲らなければいけないときは、裾を捲るときは肘の辺りの衣服を引っ張る。これなら、作業服の外側に少し油が付くくらい、中の腕には影響しない。
 症状の悪化した、作業服に半袖下着という着方をしたことにより、症状が悪化した気がつくとは。なんという皮肉。あるいはただの偶然か。冷え込みがひどかったのはこの日だけだったので、翌日からは半袖作業服に半袖下着に戻した。11月下旬になって、長袖作業服に長袖下着に変えた。これまでは、半袖の下着しか持っていなかったけど、両腕のかぶれによって購入した長袖下着が役立つときがきた。1枚900円近くもしたのだから、使えるときには使っておかなければ。
 それ以降、機械油による腫れや痛みといった症状とは無縁である。

 そんなわけで。2年掛かってようやく「傷物語」を書き終える。って、長過ぎだろ。もっと短く簡潔にまとめるはずだったのに。結果的に、2017年の5月の連休、その4日間(ブログ書きの時間)を費やしてしまったわけだが。とにかく書き終わったので良いとしよう。
 どうしても書いておきたかった、というほどの出来事ではないけれど、書いておきたいと思ったのだから仕方がない。タイトルだけ上げて書いていない記事を、着実に書いていかなければ。次はようやく「居場所を守ろう」か。時期的には「傷物語」とほぼ同じ。これもまた、2年前に書こうとした記事なんだよ。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

あとがきがわりに

 というわけで、派遣会社云々の記事「ハケンアニメ」を公開。3記事合わせてとんでもない長さになってしまった。内容的には、派遣会社の面接その1、その2、紹介された仕事その1、その2なので、それぞれ個別記事にすることもできたけど、これまでに書いていなかった派遣会社を敬遠する理由を含め、多少長くなっても、この機会にまとめて書いておこうと思った次第。
 僕が派遣で働くのはこれが最初で最後だろうから、そこに至るまでの経緯を書いておきたかったのだ。といっても、最後の記事をまだ書いていない。それがつまりプラスアルファで、「プライドなんか捨ててしまえ」で省いた、派遣会社とのやり取りのこと。これを書いて、現在の仕事に繋がるという。いつになるかは解らないけれど、「ハケンアニメ(終)」のタイトルで公開予定。そんなわけで、これまでのようなブログに戻ります。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

ハケンアニメ(下)

 馬鹿みたいに飲み食いをした翌日。欠勤の連絡をして、やはり続けようと考え直しもしたけれど、今月の時給が760円になることいに思い当たり、やはりこの仕事は辞めることにした。モチベーションはなくなって、辞める連絡もできない。午前中はずっと寝ている。何も考えずに寝ているだけである。
 午後に起きた。さすがに、何も考えないわけにもいかない。制服はロッカに残してあるけれど、ロッカの鍵を持ってきたままである。これは返さなければいけない。無断欠勤、続いて、無断退職する手前、職場まで返しに行くことは憚られる。というか、怖いだけである。卑怯ではあるけれど、鍵は郵送で返すことにした。もう辞めると決めたので、寝ていても意味がない。すぐに切手を買ってきて、鍵を返す準備をする。さすがに、自分の名前と住所を書かないわけにはいかない。この会社との関わりはこれで最後だと勝手に決めて、自宅近くのポストへすぐさま投函してくる。はい、おしまい。

 同じ日に登録をした、もうひとつの派遣会社に電話を掛ける。実は1度、携帯電話に着信が残っていたのだが、もうひとつの仕事を始めたこともあり、そのまま放置していたのだ。しかし、状況が変わった今となっては、こちらから掛け直さねばならない。面接から2週間以上が経つけれど、12時間拘束のあの仕事なら、そう簡単に人は集まっていないだろう。労働時間が長い分、給料も多く入るのだ。それならそれで構わない。
 冷静に考えると、支離滅裂なんだけど、とにかく次の仕事を探すが優先になっていた。焦って仕事を探すべきではない。それは解っているのだけれど、とにかくお金が必要で、働かなければいけない状況に陥っているのでどうしようもない。給料が多くて、週払い可能。そこにしがみつこうとしているのだ。
 予想通り、採用枠はまだ残っていた。明日面接をしてもらうことになった。展開が早いのはありがたい。最初に応募した求人がどうなったのか、連絡をくれたのはどの仕事のことだったのか、これらはまったく訊かなかった。面接に行った時点で、望み薄だと感じていたのだ。どちらにしろ、新しい仕事が見つかるのならそれで良い。まあ、訊くだけ訊いてみても良かったけれど、次の仕事に応募できるかどうか、12時間拘束の仕事を始められるかどうか、そちらの方が気になっていたのだ。

 工場最寄り駅まで自転車で行き、そこで担当者と合流。車の中で説明を受け、そのあとに工場へ行くという流れ。喫茶店での面接でなくて助かった。もっとも、面接というものはなく、工場を見学したあとで僕が大丈夫と言えば、まず採用してもらえるとのこと。そうなれば、お願いします、と言うしかない。もう、あとがないのだ。
 本社で説明を受けたときと、仕事内容が違ったり、出勤時間が違ったり、耳栓とベルトが必要だとか、知らない条件がいくつも出てきたけれど仕方がない。ある程度の不満はあっても当たり前だろう。とにかく、枠が空いていた、ということに感謝しなければ。
 仕事に対しては、与えられたことをやるしかない、と割り切っていた。訊きたかったのは週払いのことで、少しでも早くお金が必要な僕には、こちらの方が重要だったのだ。税金のこともあるし、1日分を全額支払ってくれるは考えていなかったけど、まさか3000円とは予想していなかった。何時間働こうが1日3000円、月から金の5日分を週払いで、1万5000円。その上、手続きをするのに1週間掛かり、年末年始は週払いがない。来週から仕事を始めても、最初に支払われる給料は1月16日になるという。1カ月もあとになる。
 これを聞いたときは愕然とした。週払いの意味がほとんどないのではないかと。それでも、毎週1万5000円入るのは助かる。給料日が月に1度ではどうしようもないほどに困っているのだ。少しでも、わずかでも、毎週金が入るに越したことはない。それが1カ月後から、というのが不満ではあったけど、これも受け入れなければいけない。そういう状況に陥っているのだ。
 それらの説明を受けたあと、担当の車に乗って工場へ。馴染みのある風景が目に入る。以前勤めていた、4月から9月まで働いていた小さな工場がすぐ近くにあるのだ。地図では確認していたけれど、実際に見るとやはりどきどきする。派遣先の工場までは車で行けないのか、コンビニの駐車場に車を停める。このコンビニが、どちらの工場からも一番近いコンビニである。買い物する気もないのに、コンビニの駐車場に車を停めるとは、このようなことに慣れているのだろう、と担当に対して思う余裕もない。
 車を降りて、担当と一緒に歩いて工場へ向かう。歩いて5分も掛からない。通勤時間は、以前の工場と同じくらいか。コンビニへは行かないようにすれば大丈夫。なんとかなるはず、と考えながら、担当のあとに続く。かなり大きな工場で、とんでもない数の自転車が道路に停められていた。道路を挟んだ側の建物も、同じ会社の工場がらしい。そのせいか、道路を自転車置場として使っているみたい。
 担当がいなくなり、入口で少し待たされた。工場の人間と話してきたのだろう、そのあとに工場を見学することになった。いつかの派遣会社では、工場の担当、派遣の担当と一緒に見学や説明を受けることが多かったけど、ここでは、派遣の担当が説明や見学を受け持っていた。
 予想はしていたけれど、かなり古い工場だった。暖房が入っているのだろうけど、工場が広いせいか、それはほとんど効いていないようだった。これは、大きな工場や倉庫では良くあることなので、気に掛けることではない。寒ければ厚着をして対策をすれば良い。仕事の様子は見ても良く解らないけれど、初心者にもできる仕事なのだろう、という感じ。 
 一通り工場を回ったあとで、担当が 改めて訊いてきた。ここで働く気があるかどうかと。断る理由はない、というか、断るわけにはいかなかった。お願いしますと答えると、担当はまた、しつこいくらいに念を押してきた。無理なら無理と言ってください、採用になったら、もう断れませんよ。いい加減うんざりなんだが、大丈夫です、と僕は答えた。すると、担当はまたいなくなり、戻ってきて採用が知らされた。工場から出るときに、作業服を着てフォークに乗った社員らしい人の何人かに、これからお世話になります、と頭を下げたくらいで、見学と面接は終わった。バックレたときはどうなることかと思ったけれど、とにかくこれで、再び仕事持ちである。あとはもう、がつがつ金を稼ぐだけ。
 コンビニ駐車場に戻り、車の中で改めて説明を聞く。正式に決まったことで、何枚かの書面に記入する。作業条件については、既に聞いているし、受け入れている。あとは、いつから働くかである。できるだけ早い日、必要な耳栓とベルトを買ったのなら、すぐにでも行けます、と答えはしたものの、会社カレンダを見せられて愕然とした。
 今日が金曜なので、週明けの月曜から働くとして7連勤。え、7連勤? いや、休日出勤は考えていたけれど、そんなにいきなりとは思わなかったのだ。それに、初めての仕事で、慣れる前から7日連続出勤って、いきなり潰れそうな気がする。担当は、年末年始の休みに入るので、この週だけが特別だと説明したのだが、最初から危ない橋は渡れない。出勤開始を遅らせてもえるよう頼み、5日出勤して、年末年始の休みに入るようにしてもらった。つまり、クリスマスイブから始める仕事である。
 利点としては、派遣でも天引きで弁当を注文できること。日給1万円越え、給料週払い(予想より少なくなったけど)くらいか。1日1万円生活は、これまでに1度もなかったし。やろうとしたことはあったけど、できたことはなかったので、今回が初めての1日1万円生活になる。これをモチベーションにして頑張ろう。
 そう考えて、仕事の決まった4連休だからと、宮本むなしでかつ重とかけうどんのセットを食べてくることにした。明らかに避けているんだよな。担当がしつこいくらいに、出勤日に来ないのはやめてくれ、辞めるのなら今にしてくれ、それならまだなんとかできる、と言っていたことを。なんでそんな念押しをするのか、それを考えると泥沼になりそうだから、考えようとはしなかったのだ。

 そんなわけで、初出勤の日。クリスマスイブから始めた仕事である。例のコンビニ前で担当と待ち合わせ、僕が来たことにかなり安心していたみたい。だからそれが不安なんだって。どういう仕事を紹介してるんだよ。そのことは考えないようにして、車の中で最後の説明を受ける。そのあと、担当と一緒に工場へ。
 通常の出勤時間よりも早くに来たので、弁当の頼み方やロッカや着替えの場所を担当から教わる。なんで派遣の担当が工場の説明をするんだ、と妙な気はしたけれど。ロッカ前で待っているよう言われて、しばらくしたら、担当が作業服を持ってきた。それに着替えるのだが、帽子が小さ過ぎる。明らかに女性用では、と思える大きさで、仕事の前から杜撰なことにうんざりする。
 ロッカもふたりでひとつを使うと聞いていたけれど、通常の大きさではなく、小さなロッカをふたりで使うとは聞いていなかった。作業服が入るバックを持ってくるように言われていたのだが、そのバック自体が入らない。バックなど持ってこさせないで、作業服は紙袋に入れたまま、持ち帰らせれば良かったのでは。担当がロッカを初めて見たとは思えないし。
 それでも、口に出すわけにはいかない。帽子は担当が別のをもらってくるというので、それまでは小さいものを使うことにした。というか、入らないので載せているだけである。どんな間抜けなのか。始業時間が近づいて、多くの従業員が集まり、適当にその中に混ざった。朝礼かと思ったら、ラジオ体操だった。これも聞いていなくて、事前に考えていた時間よりも、15分早くに出勤しなければいけなかった。初日して不備が多い。
 体操のあとに仕事が始まる。担当はここでいなくなった。とりあえず、作業場のリーダっぽい人から案内された場所へ行って仕事を始める。言い方は悪いのだが、1年振りにDQNばかりの職場、みたいな。指示系統が上手く取れていないのだ。
 僕はリーダに指示されたことをやっていたのだが、おそらくはバイトだろう、あるいは別の派遣会社の従業員が、その仕事ではなく別の仕事をやれと言ってくる。中国の人なのか、片言で早口で解りにくい。それでも、言われたように仕事をしていると、リーダが戻ってきて、なんでそんな仕事をしているのか、と言ってきた。経緯を話すと、お前の上司は俺だから、他の奴の言うことは聞かなくて良い、と先程の仕事に戻された。中国の人の名前を知らなかったので、正確に誰に指示された、と言えないのが残念だったけど。
 こんな感じの、こんな雰囲気の職場で。どうにもやりにくいなあ、ということは感じていた。それでも、続ける気でいたので、どうにか話ができる、話の通じる人をどうにか見つけた。ひとりは、同じ派遣会社から来ている人で、長年勤めている人。もうひとりは、アルバイトっぽいけれど、質問をすれば、ちゃんと答えてくれる女の人。訊いてもなあなあで済ます人や、質問自体に答えられない人が多いのだ。リーダが常に近くにいるわけではないので、解らないときにそれを訊ける人がいるのは助かった。わずかでも支えにはなる。
 昼休みに食堂へ行った。食堂というか、食事を取る部屋である。厨房があるわけではない。初めてなので、食堂の使い方が解らず、訊ねた人が無愛想だった、ということには目を瞑ろう。前の職場と違い、昼食を食べる席は充分に余っていたのだ。ただ、この日は、昼休みが遅かったからである。リーダに聞いたところ、週に1度、昼休みが遅いときがあるという。これは作業グループで1班だけが、遅い時間に昼休みを取るみたい。1班だけというのが良く解らないが、ここではそのようにしているのだから仕方がない。
 また、なんとかの日(わざと暈して書いている)には、社員の会議で食堂を使うので、昼休みが遅くなるという。更に、弁当を頼むことができない。そして、そのなんとかの日は毎月変わるようで、日にちが固定されていない。昼休みの遅れはともかく、弁当を頼めない日が、月に1度あるということで。その日は、パンかおにぎりか、何かを買っていくしかないだろう。
 作業内容は単調で。寒いの我慢すればどうにかなりそうな。ハンドリフトを使って材料を持ってくる、というのが予想外だった。これまで、何度か倉庫の仕事をしているので、パレットに載った荷物をハンドリフトで運ぶことはできるけど、ある程度の重さのものは、フォークリフトで運んでもらっていた。つまり、バイトが運ぶパレットは制限されていたのだ。
 ここでは、その重さの荷物を運ぶのか、ということに驚いた。リーダがフォークを担当してるのだが、他にフォークの人間を見掛けないのだ。いや、見ていないわけではないけれど、別の作業場に行っているみたいで、工場の大きさに対して、フォークの人数が少ないような気がする。
 そのため、僕が作業で使う材料は、自分で持ってきて、更にそれを加工する機械の隣へ持ってこなければいけない。加工された商品は、逆の手順で外へ持っていく。寒さの中で、足腰を痛めるので、きついといえば、この繰り返しがきつかった。しかし、辞めるわけにはいかない。とにかく、1日1万円生活をモチベーションに。
 終業時間が近づくと、入れ替わりに夜勤の人たちがやってきた。日勤の人とは色の違う作業服を着ている。8時から20時までの12時間拘束。初日は早く行ったから、12時間より少し長いけれど。ともかく、初日の仕事はどうにか終えた。リーダに、続けられそうか訊かれたので、大丈夫です、頑張ります、と答えた。
 ロッカに戻ったら、ふたりで使っているロッカを、夜勤の人も一緒に使うようで、もはやこれ以上詰め込めない状態になっていた。明らかに、毎日使うものを置いていくのは無理である。自転車通勤なので、作業服を着たまま出勤できるのは助かる。電車通勤で作業服を着るのは躊躇いがあるけれど、自転車通勤ならそれほどの抵抗はない。直近の派遣で、作業服での出勤は駄目だと言われたこともあり、作業服で帰れるだけでも嬉しかった。
 自宅に戻って、派遣担当に連絡をした。初日の仕事が終わったら、電話をするように言われていたのだ。リーダに言ったのと同じく、これからも続けようと思います、大丈夫です、頑張ります、と伝えた。電話のあとで、行かないつもりだったけど、どうにか初日の仕事を終えたので、最寄りスーパへ行くことにした。
 クリスマスイブだからと、フライドチキンにロールケーキ、買ったことのない、カクテルを2本買ってきた。とはいえ、拘束12時間15分、実働10時間20分の仕事はしんどい。腰もかなり痛かった。飲み食いしたあと、すぐに寝た。明日以降も仕事があるのだ。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

ハケンアニメ(中)

 無職66日目。昨日行けなかった、派遣だか請負だか契約だかアルバイトだか解らないけれど、便宜上は派遣と呼んでおく会社から紹介された工場との面接である。ネットの地図で確認して、時間に余裕を持って家を出る。万一のために、地図帳を持っていくのは、携帯電話で地図を見られないから。
 最寄り駅の名前は聞いたことがあり、近くの工場で面接を受けた覚えがあったけど、その工場が隣に立っていて驚く。当時は、地名や駅名も聞いたものがなく、電車通勤を前提としていたので、自転車で行ける距離とは考えていなかった。地図を調べてさえもいない。今回は、自転車で行ける距離だったので、最寄り駅が近くとも、仕事場自体が近いとは考えなかったのだ。まさか、壁を挟んで隣り合っていようとは。とはいえ、そこは面接で不採用だったので、隣の工場で働くことに影響はない。
 向かいに公園があったので、そこを目印に向かったら、迷うことなく無事に着いた。思ったよりも近い。これは、電車よりは自転車通勤の方が良い。雨の日は気をつけて自転車に乗るか、電車に乗ってくれば良い。勤務地だけは、かなり理想的である。時間より前に着いてしまったので、公園でしばらく時間を潰す。先に工場の前を通ったときは見掛けなかったけれど、面接時間の5分くらい前に行くと、入口のところで、例のおっさん担当が待っていた。電話を掛けたというのだが、僕は面接の前には携帯電話の電源を切っている。
 自転車を置いて、工場の中へ向かう。事務所のような場所へ行き、そこで担当が事務の人と話し、別の部屋で待たされて、ようやく工場の責任者がやってきた。役職は忘れたけれど、単なる人事というのではなく、偉いさんが採用担当を兼ねているみたい。派遣担当よりも、更におっさんだった。ツナギを着ているので、いかにも作業員、という感じだった。
 会社説明の用紙が用意されており、それを見ながら説明を受けた。そのあとに、工場の面接。偉いさんが先頭に立ち、僕と派遣の担当者で。採用されたら、僕が働く場所と、たまに応援に行ってもらう場所の見学をした。工場の中はやかましく、騒音が平気かどうかを訊かれたけれど、これくらいは大丈夫だった。工場なんて、大抵はやかましいものである。それに、途中で辞めてしまったとはいえ、製本工場のアルバイトを2度やっている。それに比べれば、騒音というほどのやかましさはない。必要であれば、耳栓をくれるそうだけど、おそらくなくても大丈夫だろう。
 仕事内容は、ざっと説明されただけだった。余り深く聞いても仕方がない。実際は、ここで説明されない作業の方が多いのだ。見学のあと、最初の部屋に戻った。あとは、何日までに連絡します、それでは、という流れかと思ったけれど、僕が良ければ採用したいという。それならば、当然、お願いします、と答えるしかないではないか。ここで決まれば、もうひとつの派遣会社の仕事を当てにする必要はなくなる。
 もし、昨日、工場見学に来ていたら、昨日のうちに決まっていたのではないか、と思ったけれど、そのようなことを考えても仕方がない。それは結果論で、仮に午後の面接を断って、こちらの工場の面接を受けていたとして、必ずしも採用されたかどうかは解らない。昨日は昨日で、ベストな選択をしたのだから、1日のロスで良かったとしよう。採用であれば、これまでの経緯を気にすることはない。 
 制服貸与だけれど、用意するのに数日掛かるということで、来週の月曜ではなく、火曜から出勤することになった。つまり、仕事の決まった3連休、土日月が休みになったわけである。正確には休みではなく、無職期間が3日間増えた、ということだけど。2カ月近く無職が続いていたので、仕事の決まった無職期間というのは、とんでもなく嬉しいものがあった。
 そして、家に帰ったあとで。例の如く、この仕事の利点をいくつも上げ、この仕事を大阪で最後の仕事にするぞ、半年で30万円を貯めるぞ、と考えて。仕事の決まった無職期間は、酒を飲んで過ごすのだった。ただ、あえて考えないようにしていたけれど、工場の仕事とは直接関係ない条件、1日休むと時給が減る、ということが気に掛かり、必ずしも吹っ切れていたわけではなかったのだ。
 しかし、採用された仕事を断り、面接に行けるかどうかも解らない仕事を選ぶ気力はなかった。とにかく、先に決まった仕事に行く。それしかなった。そして例の如く、仕事までの3日間、ぐたぐたと酒を飲んで過ごすのだった。

 結論から言うと、辞めるのなら早い方が良い。迷惑を掛けてしまうから、それはできない、という考え方もあるけれど、無理だ、駄目だと思ったら、早々に辞めてしまった方が良い。そりゃ、もう少しだけ頑張ろうと、半年、1年、それ以上勤められる人に対しては、そんなことは言わないけれど。少なくとも、僕に対しては、自分自身に対しては、無理だ、駄目だと思ったら、おそらくはその通りになるだろうことが解っている。情けないことに。

 結局、ここの仕事は6日で辞めた。不本意な辞め方をしたので給料ももらえず。銀行振り込みだからと期待していたけれど、そのようなことはなかった。無断欠勤のち、仕事に行かなくなったわけだから、当然というか、自業自得である。フェアじゃないので言い訳はしない。できない。
 辞めた理由は、主にみっつあって。ふたつが仕事のこと、ひとつが仕事以外のこと。
 ひとつめ。妙な女の子がいた。年齢でどうこう言うつもりはないけれど、同じ派遣会社から来た若い女の子がいて、こんな子供みたいな振る舞いをする人は久し振りに見たな、というくらいで。仕事初日から、ちょっと面倒な子だなあ、と思ったのだが、以降も、やはり面倒な子であった。これまでの職場でも、おかしな人は何人かいたので、我慢できないというほどではなかったのだが。
 ふたつめ。昼休みに過ごす場所がない。初日、食堂へ行ったらかなりの混雑で。空いている席に座ったら、いつもそこに座っているだろう人たちから妙な目で見られて。翌日は別の空いた席を探したのだけれど、そこもまた、決まって座っている人がいるようで。どないしろちゅーねん。翌日から、昼休みに工場を出て、近くの駅前商店街をぐるぐる回ったり、向かいの公園のベンチで過ごしたり、適当に外をうろついていたりした。これが春なら違っただろうけど、いくら昼間とはいえ、12月の外は寒すぎる。工場内に暖房が効いているので尚更。
 そんな環境で、毎日仕事が終わったら酒を飲んで。やっと来た休日にも酒を飲んでいて。土日に飲み食いをし過ぎて、月曜に休むという、これまでと同じパタンをくり返して。ただ、休みはしたものの、辞める気はなかった。これで、時給が80円減ってしまったけれど、これ以上減らさないよう。今後は休まずに行こう、と前向きに考えていた。考えようといていたけれど、明らかに、前向きではないと解っていたのだ。辞めるとすれば、仕事内容ではなく、時給条件が原因だろうと。
 みっつめ。休んだ翌日は仕事に行く。最初こそ、前向きに考えて仕事をしていたのだが、モチベーションが上がらない。先週と同じ仕事をしているのに、時給は900円ではなく、820円になっている。それを承知で休んだというのに。先週の仕事に加え、新しい仕事が増えている。仕事の量が増えているのに、どうして時給が減ってしまうのか。仕事の途中で嫌気が差してしまう。
 計算したのが終わりだった。1時間に80円、と考えれば少ないかもしれないけれど、8時間で640円。ひと月1万4000円。それが入らなくなる。僕に入るはずだっ給料がどこへ行くかというと、派遣会社である。そう考えたときに、もうここで働くのは無理だと思った。前向きに考えられなくなってしまったのだ。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

ハケンアニメ(上)

 僕が派遣会社を敬遠していた理由は、最初に登録した派遣会社の対応が余り良くなかった、ということもあるのだけれど、単純に、派遣会社を介した分、採用までの時間が長くなる、という理由があった。直接雇用のアルバイトなら、面接で即決、翌日から勤務開始、ということもある。面接で即決、翌日勤務は実際にあったし、即決でなくても、当日中に採用連絡が来ることも何度かあった。
 ITとかテレアポとか、高時給の派遣ならともかく、僕ができる仕事、採用される仕事は、アルバイトでも派遣でも時給に大差はない。それなら、連絡の遅い派遣会社を頼るより、直接雇用のアルバイトを探そうと考え、派遣会社の登録は最初の1回だけで、以降ずっと、直接雇用のアルバイトを続けてきた。
 ただ、同じような条件で仕事を探していると、さすがに求人の数が限られてくる。かつて勤めていた仕事、採用を断られた仕事が求人誌に載ることもあったけど、もう1度応募しようとは思えなかった。求人がないから、応募しないというわけにもいかず、ここはもう、派遣の仕事であろうと応募するしかない、という状況に陥ったのが、去年の12月。前の仕事を辞めてから、つまりは無職65日目のこと(1日で辞めた仕事は数えていない)。
 みたいに書いているけれど、正確にはこの間にもいろいろあって。採用された仕事に行かない、次に採用された仕事にも行かない、採用された仕事を1日で辞めてしまう。そして酒をがーっと飲んでいるうちに、お金がなくなってしまった。

 12月初め、午前と午後で別の派遣会社の面接を受けることにした。詳しくは知らないけれど、午前の会社は派遣事業と請負事業の両方を行っているみたい。それでいて、募集は契約社員とアルバイトになっているという求人だった。それでも、仕事内容や勤務地の都合が良かったので、応募することにしたのだ。現地面接というものを、初めて受けることになった。
 その日はあいにくの雨で。傘を持って電車に乗る。工場最寄り駅で待ち合わせ。面接担当者はすぐに見つかって、近くの喫茶店へ向かう。白髪の混ざった年配のおっさんだった。面接を喫茶店ですることは聞いていたのだが、その場合、何も頼まないわけにはいかないだろう。コーヒーにしろ、紅茶にしろ、少なくない額の代金を払うことに躊躇いがあった。喫茶店などほとんど行ったことがないし、何より、金がほとんどない。コーヒー1杯で、今日の往復の交通費になる。
 そんなみみっちいことを考えながら席についた。当然、向かい合う形になる。仕方ない、飲み物を頼む、頼まないで印象を悪くするのもアホウらしい。一番安い飲み物を頼もうと決めたのだが、幸いなことに、担当が出してくれるというので、ミルクティーを頼んだ。喫茶店の紅茶が飲みたいわけではなく、水を向けられたからである。まあ、普通に考えれば、担当ひとりだけが飲む、というわけにはいかないよな。しかし、店員のおばちゃんが持ってきたのは、レモンティーだった。いちいち指摘はしない。担当は、間違いに気づいていないみたいだった。僕も気づいていない振りをする。
 それなりに混雑していて、騒がしいけれど、話ができないほどではない。最初に、筆記試験と適性検査を受けた。筆記試験はSPIのようなもので、適正検査は指定された数字を探したり(『ワギャンランド2』みたいな)、ネジにボルトを嵌めて所定の位置に並べるものだった(これと似たようなことは、最初に登録した派遣会社でもやった)。どちらも難しくはないのだが、目の前で見ていられると、やりにくいものがあった。
 そのあとで、契約書のようなものを書き、仕事の説明を受けた。派遣先の工場で働くというので、やはり派遣会社みたい。何人かの派遣社員がその工場で働いているようである。説明を聞く限り、仕事の内容に問題はなかった。出勤日や労働時間も。残業も強制ではない。
 気になったのが、僕の住所を確かめて、自転車で来られる距離だと決めつけてきたこと。地図を見て、自転車で行ける距離だとは思ったけれど、交通費次第では電車で行こうと考えていたのだ。特に、今日のような雨の日は、電車の方が都合が良い。けれど、交通費にこだわって印象を悪くするのもどうかと思い、自転車でいきますと答えた。なんというか、交通費を払うのなら採用しない、という感じがしないでもなかったからだ。
 そのあとに、給料の説明を受けた。社会保険が強制加入ではない、というのは助かる。少しでも、給料の額は減らしたくない。自転車なら、交通費は掛からない。まあ、かつかつではあるけれど、このくらいの条件が妥当だろう。これより好条件になると、採用の確率が低くなる。
 時給900円の8時間労働で、どうにか凌がなければ、と考えていたのだが。時給の説明で妙な点があった。書面を見ながら説明を聞いていたのだけれど、そこに書いてある時給が求人誌に載っていたものとは違うのだ。100円加算されて、時給1000円ってことか、求人には書いてなかったけれど。訊ねてみると、そうではなくて。
 本来の時給は800円で、そこになんとか代が加わって、時給900円になるのだという。なんとか代ってのは忘れた。なんとか費とかなんとか料だったのかもしれないけれど、聞き覚えのない名前だったので覚えていない。なんとか代がなんでも良いが、時給が求人通りの900円ならそれで良い。そう考えていたら、驚くべきことを知らされた。
「1日休むと、その月の時給が80円減ります」
 なんですと?
「2日休むと、更に時給が80円減ります」
 なんですと?
「ですから、用事があって休むスタッフは、みんな早退で対応しています。それなら、時給は減りません」
 いや、いや、いや。おかしくないか。用事があろうが、体調が悪かろうが、欠勤したら時給が減るってことだろう。なんだそれは。明らかに、頷きにくい条件だったけど、ここで断って、午後の面接で受かる保証もない。というか、この仕事さえ、受かるかどうかが解っていないのだ。ここは受け入れておくしかない。
 休まず仕事に行くのは当たり前のことだし、むしろ、前向きに考えよう。休むと時給が減ってしまうから、休まずに仕事に行こう。よし、そうしよう。この場ではそう考えたけど、明らかに前向きの考えではない。けれどこのときは、条件を前向きに捉えるしかなかったのだ。
 はい、大丈夫ですと返事をして、これから派遣先の工場へ行くことになった。工場見学のち工場の採用担当との面接。担当の車で連れていってくれるという。展開が早いのは助かる。担当が、工場へ電話を掛けたのだが、先方の都合が悪く、これからすぐは無理のようだ。なんだそれは。14時からなら大丈夫だと、担当が僕に言うのだが、僕が大丈夫ではない。午後には他の派遣会社の面接があるのだ。採用が確実であれば、午後からの面接を断ったけど、そこまで踏み込んで訊けなかった。
 午後からは別の会社の面接があることを告げた。並行して仕事を探しているのだから、正直に話すしかない。工場見学は明日にしてもらい、午後は予定通り、もうひとつの派遣会社へ行くことにした。可能性は薄いけれど、こちらの方が即時採用してくれるのであれば、当然、明日の工場見学は断ることになる。この時点では、どちらの派遣会社も平等に考えていたのだ。
 面接は1時間くらいで終った。自宅最寄り駅近くの酒屋の自販機で酒を買って帰る。午後からの面接まで2時間ほど時間があるし、ちょっと肩透かしな面接だったと感じていたせいもある。もっと単純に、この時期は無職でありながら、ほぼ毎日酒を飲んでいたので、面接前でも抵抗がなく飲めてしまったのだ。日本酒の180mlくらいと。

 午後の面接は、歩いていける隣接市。傘を差して家を出る。ほとんど酔っていないので大丈夫だろう。余裕を持って家を出たので、駅前商店街で適当に時間を潰してから本社ビルへ。説明担当だろう女の人が、ふたりしかいなかった。大手の派遣会社ではないのだろう。まあ、会社の規模を気にしても仕方がない。採用されるか、されないかが問題なのだ。
 これまでと同じく、履歴書を渡したものの、派遣会社独自の履歴書のようなものに記入する。そのあとで、女性担当者からの仕事説明。ここは、筆記試験も実技試験もなかった。けれど、応募した求人とは違うものを紹介された。まあ、予想していた展開だけど。こちらの求人であれば、すぐに面接を受けられますよ、とのこと。
 自転車通勤でも構わないと言ったので、こちらを紹介してくれたのだろうけど、そこは前に辞めた仕事、4月から9月まで勤めていた職場のすぐ近くだった。住所からの判断なので、確実ではないのだが、おそらくかなり近い。これは不味い。工場の名前に聞き覚えはなかったので、向かいにあるとか、隣にあるとかではないけれど、即答はできなかった。よろしくない辞め方をした職場の人に、新しい仕事を始めて会ってしまうという状況は避けたい。 
 それに、労働条件が厳しい。8時から20時まで。残業があるときは12時間なのかと思って訊ねたら、残業ではなく定時、常に拘束12時間ということである。明らかに躊躇われる求人だった。利点としては、時給920円の実働10時間20分なので、1日働けば約1万円が入ること、こちらの派遣会社は週払いで給料が入ることくらいだった。
 時間が掛かっても仕方がない。最初に応募した求人を優先することにした。もし、そこが駄目だったら、こちらの求人を考えてみます。ここも1時間くらいで面接は終わった。試験がなかった分、多少短かったというくらい。
 隣接市へ来たので、帰りに宮本むなしへ寄った。ハンバーグ定食。午前の面接が即決だったら、あるいは、午後の面接が即決だったら、採用祝いに宮本むなしへ行こう、と考えていたのだ。まあ、そんな都合の良い展開はなかったわけだが。どちらの派遣会社も肩透かしで、いろいろと疲れてしまったので、お金はないけれど、宮本むなしで食事をして少しでも元気を出そうと考えたのだ。とりあえず、美味しいものを食べれば気持ちは良くなる。
 自宅に戻って、突然に紹介された求人の工場を調べてみた。確かに、以前の工場と近いけれど、道路を一本挟んでいるので、通勤時に知り合いに会うことはなさそうだった。一番近いコンビニが同じだったけど、食事をコンビニで買うことはないので問題はない。万一のときは、ここも視野に入れておこう。
 この時点での優先順位は、午前に受けた面接の方で。バカみたいに稼ぐ必要はないので、充分といえば充分である。休むと時給が減る、という不安はあるけれど。午後の面接は、最初に応募した求人が通るのが理想だけれど、こちらは難しいだろう。派遣会社から紹介してもらえない以上、どうすることもできない。いつまでも待つ余裕はないのだ。応募できるのは、12時間拘束の仕事、と考えておいた方が良い。
 夜になって、自販機へ酒を買いに行く。明らかに飲み過ぎなんだが。それは充分に解っているけれど、酒を飲まなければどうしようもないくらいに不安だったのだ。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

サグラダ・ファミリア

 週に1度の日記を書かないのであれば、それでも構わないのだけど、遅れてでも書こうと思っていることは、遅くなればなるほど書きにくくなってしまう。書けなかった理由を、どうにかここで書いておこう。本来なら書くはずだった週日記は、更に先送りになるのだが(今更)。

 些細なことのひとつに、手の甲の傷というものがあって。最初は、どこで傷つけたのか解らなかったけど、仕事をしているうちに、この作業で怪我をしたのだろう検討がついた。もともと、大した傷ではなかったので、気にしなくても数日経てば治るはずだった。それがタイミングの悪いことに、急に暖かくなってきた時期と重なり、その日は工場もまだ暖房が入っていた。当然、そこまでの暑さを予想していなかったので(天気予報では雨が降るか降らないかしか見ないから)、長袖の作業服の下に、長袖のシャツと半袖の下着という、冬用の衣服で仕事を続けていた。そんな日に限って、今日はやけに暑いなと思いながら、残業をしていたのだ。
 指先が油に塗れる仕事なので、傷口に触れないよう、仕事をしながら治すという芸当が見事に失敗したわけである。詳しく書くと気持ち良いものではないので簡潔に説明すると、暑くて痒くて作業服の上から擦っているうちに、手の甲と両腕がとんでもないことになってしまった。ポーカーで譬えると、ツーペアだったはずが、ストレートフラッシュになってるぞ、なんてこったというような。
 それが3月18日くらいだから、前記事の数日後のことである。翌日、暑さで蒸れないため、長袖作業服の下に着る服を半袖に変えて、腕が蒸れないようにした。前日の暑さのせいか、この日から工場の暖房も入らなくなった。これで多少は快適に作業をすることができ、痛みや痒みのピークは今日で、あとは治る一方だ、と考えたため、土日休みに薬を買いに行くことをせず、水に濡らして、腕を冷やして対処していた。これは当然、休みで家にいるからできることで、仕事中にできることではない。
 翌週も、作業服の下に着る服を半袖にして、少しでも腕が蒸れない状態で作業をしていたはずだったけど、結果的にこれが間違いだったみたい。今週の火曜、左腕に赤みが増して、とんでなく腫れてしまった。さらには指先が膨れ、感覚がなくなってしまった。ポーカーで譬えると、ストレートフラッシュだったはずが、ファイブカードになってるぞ、なんてこったというような。
 これは不味い。さすがに不味い。病院に行けなくても(保険証がないので)、土日に薬を買っておくべきだったと悔やんだ。とてもではないが、仕事を続けられる状態ではなかったので、正直に話して早退させてもらうことにした。午前の仕事を終えて帰ったわけだが、当然、今の仕事では初めてのことである。
 とにかく薬を買わなければ。帰ってすぐに薬屋へ行くものの、どれを買えば良いのか解らない。傷薬が妥当なんだろうけど、それ以外にも、赤みに腫れに痒みにかぶれに痺れとひび割れ、わけの解らない状態になっていた。とりあえず、痒みとかぶれを抑える薬を買って、家に帰るとシャワーを浴びたあと、薬を塗って寝た。とにかく休まなければ。
 どうにか痺れと腫れは収まったものの、痛みは相変わらずだったので、翌日、仕事を休んだ。当然、これも、今の仕事では初めてのことである。寝ていて治るものではないだろうけど、仕事のできる状態ではなかったので、腕を洗って、薬を塗って、しばらく寝て、という繰り返しで過ごしていた。
 さすがに、病院へも行かないのに続けて休むわけにもいかず、その翌日から仕事へは行くことにしたのだが、腕の痛みが収まるまでは、残業をなしにしてもらうように頼んだ。仕事をしながら治さなければいけない以上、残業は状況を悪化させるだけでしかない。ここは、お金だどうのと考えず、引くところである。
 そして金曜、つまりは一昨日になって、症状が悪化した理由にようやく気づいた。油に塗れる作業だから、当然、作業服にも油が染みる。その下の服が長袖だったときは、染みた油が腕に届くことはなかったけれど、半袖に変えたせいで、腕に油が付いてしまったのではないかと。そりゃ、油が触れれば肌は荒れるし、傷は痛むし、悪化するのも当然である。
 傷が治るまで、作業服の下も長袖に戻した方が良い。長袖作業服の下に、長袖のシャツ、その下に半袖の下着という、冬用の衣服では暑いだろうと思ったものの、これは半袖の下着をやめて、作業服と長袖のシャツだけにすれば良いだけのこと。そして、昨日は新しく消毒液と傷薬を用意して、一時の痛みが嘘だったかのようなくらいに落ち着く状態にまで回復し、どうにかこの記事を書いている。
 このような理由で、土曜のブログ書きができなかった。最初の土日に薬を買いに行っておけば、1週早く回復しただろうけど、治る見込みが立っただけで良しとしよう。そんな感じだった、ここ数日の傷物語(こんなに長い記事になるはずではなかったんだが)。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。
あのねこながい。
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もぐさ。僕っ子(大嘘)

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