役立たず
アパートの郵便受けに、騒音で困っている住民から苦情があって云々かんぬん、近隣が迷惑するほど騒ぐのは止めてくれ、という内容の書かれている用紙が入っていて、住人すべてに同じ用紙を投函しているらしく、実際、集合玄関の掲示板にも貼ってあったけど、このような注意を読んで、自分も気をつけよう、迷惑を掛けないようにしなければ、と思う人は、まず他人に迷惑を掛けるような生活はしてなくて、当事者自身は、それが迷惑になるとは考えず、注意書きを読んだところで、自分が当事者だと思いもしないから、まったく効果はないだろう、と僕はもう管理会社に期待を持っていないので、まあ、大変だけど頑張ってくれ、騒ぎがあっても諦めて耐えている僕は、管理会社に苦情連絡を入れたナイスガイ(あるいはナイスガール)に心の中で拍手をして、かつて僕も、共用のゴミ捨て場がひどい有様だったとき、果敢にも苦情の電話を掛けたことが──って、待てよ、文面を読み返してみると、楽器を弾く音、ピアノを弾くような音に困っていると書かれていて、それは僕もおんなじだ、今だって、ピアノの音と馬鹿者の唄う声が聞こえている、似たような騒音を立てる奴が、他の部屋にもいたんだな、って、そうじゃない、これはおそらく同じ部屋の騒音で、僕はすっかり諦めていたけれど、これは、ナイスガイあるいはナイスガールの援護射撃ができるのではないか、当事者本人に連絡をしないのは、どこそこの部屋がうるさいですと苦情を言っても、鉄筋住宅の音の伝導、拡散により、それが必ずしも本当ではなく、別の部屋と勘違いしていることもある訳で、管理会社から直接当事者に注意することが躊躇われ、住人全員に同じように注意書きを投函するという、迂遠な方法しか取れないのかもしれない、あなたの部屋がうるさいという苦情がきているんですよ、と直截に伝えるのは、この部屋の住人が確かに騒ぎの原因である、というなんらかの確信を得てからなければやりにくいだろう、ここで僕が、その騒音は僕の部屋からも聞こえます、○○号室ではないですか、という連絡を入れて、ナイスガイガールが指摘した騒音部屋と一致するのなら、管理会社の躊躇いは、それなりの確信に繋がるのではなかろうか、ひとりの意見よりふたりの意見だ、もしかしたら、他にも同じ音で迷惑している人がいるかもしれないし、その人もまた、連絡をするかもしれない、曖昧な騒音ではなく、ピアノの音を書いたのは功名だ、僕ひとりなら、このままうるせーうるせーと思いながら諦めていたけれど、この書面によって、ナイスガイガールに協力しよう、それなら早速電話を掛けよう、こういうのは、思い立ったらやってしまおう、すぐに商店街まで走って、公衆電話から掛けたところで気づいたけれど、今って、例のあの、年末年始の休暇時期じゃないのか、暮れも差し迫ったこの時期に、管理会社からの通知が来るなどおかしい、ああ、そうか、仕事納めの日に投函されたのか、と思い当たるのが遅く、電話が繋がったと思ったら、それはやはり録音テープで、年末年始は設備に対する緊急連絡しか受け付けません、用件は留守番電話にお願いします、と言われたけれど、ここで苦情を残しても、メッセージを聞くのは、休みが終わったあとだろ、正月休みに散々騒がれて、それが終わったあとで注意してもらっても遅くないか、あいつらが集まるのは、今回のような連続した休みの日なんだよ、大人しくしているときに注意しても、まったく伝わらないだろう、意味ないだろ、と思ってしまい、援護射撃をするぞという意気込みはなくなり、メッセージを残すことなく家に帰ってきて、虚しいなあと思いながら、このブログを書いている。
人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない。
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