されど信じぬ者として

【2014年3月2日公開】

 明日の月曜、先週末に受けた面接の結果が解るので、採用されたら、今度こそ大阪で最後の仕事にして、最後のアルバイトにするのだ。というか、しなければいけなく、しなければならない。さすがにもう、金銭とか、精神とか、体調とか、平衡感覚とか、三半規管とか、土踏まずとか、自転車置場とか、ゴミ捨て場とか、ブログ記事とか、アパートの管理とか、Broken Windows Theoryとか、5万円分ただ働きだったとか、引き落とされる家賃が口座に残っていないとか、現状を親に報せず立て直せるかどうかとか、あらゆることが不安定。とんでもなくへたれ過ぎて、泣きたいときに、泣くことすらできない。
 酒を飲んでいないのに、文章は支離滅裂で、書き殴りしかできなく、腹具合は最悪で。それでも今日は、救いのような、救わるれるような時間があって、その偶然と出会えたことに感謝したい。明日採用が決まれば、じきにブログを再開し、大阪暮らしの最後まで、定期的に更新していくつもりだけれど、不採用だった場合、今後、記事を書いたり消したりせず、次の仕事が決まるまで、ブログは一切書かないことにする。というか、書けない。そんなわけで、この記事で本当に区切りです。ありがとうございました。
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

気持ち悪い

【2014年2月27日公開】

 頭が痛い。気持ち悪い。百草丸がなければとっくに死んでる( ノД`)うえぇぷっ…
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

俺はそこまでおかしくなっているのか

【2014年2月27日公開】

 石岡君とは反対で、人と付き合わないため、知性が退化しているもぐもぐさです>挨拶(14カ月振り)

 今週月曜日から始まった、それなりに給料が良くて、通勤時間も適当で、半年ほど勤めれば、必要な額が貯まるだろう仕事を、早速辞めてしまった、という言い方は正確ではない。例に拠って、例の如く、新しい仕事の前日は酒を飲んでいるのだが、酒がなくなってしまい、料理酒を飲んでしまったため、翌朝、とんでもなく体調が悪くなった。塩分無添加だから、飲むことはできるけど、料理のための清酒は、飲むための清酒ではない。まずい、まずい、気持ち悪い、気持ち悪い、と思いながら、飲み続けていたのだ。ただ、飲んでいるときは、大丈夫、一晩寝れば回復する、明日から新しい仕事に行く気でいるものの、翌朝、目が覚めると、とんでもなく気持ちが悪くて、仕事なんかできる状況ではない。金曜から頼まれた仕事を、こちらの都合で、月曜からお願いしますと頼んでおいて、その初日を休んでしまったのだ。初日に行けないのであれば、もう、この仕事は辞めた方がいい、と考えて、仕事に行かずして、採用された仕事を辞めてしまった。まったく、正気の沙汰とは思えない。今度2度と、塩分無添加の料理酒は買いません、と誓った次第。

 ひとり暮らしを続けているせいで、誰からも何も言われない生活に慣れてしまった。ひとり暮らしは12年が過ぎ、両親と暮らさない生活は高校中退以降から。声を掛けてくれる、友人も知人もいないので、本当に12年以上、ひとりで暮らし続けてきた。それを寂しいと思うことはないけれど、明らかにおかしい振る舞いを、それはおかしいだろ、と注意してくれる人が誰もいないのだ。俺はそこまでおかしくなっているのか、と気づいたのが、15カ月くらい前に実家へ帰ったとき。今度、仕事を辞めたら、地元に帰ろう、実家の近くに家を借りよう、と考えたのが、例のエロい仕事に採用されたときのこと。実家で暮らすかはともかく、地元に帰ることは決めていたのだ。
 以降、仕事を転々とするものの、どれもこれも、目標とする金額が達成することなく辞めてしまう。金銭的なことを考えるのなら、エロい仕事を辞めた時点で、形振り構わず、帰るべきだった。そうしていれば、両親が僕に渡す金も、僕が両親から借りる金も、最低限の額で済み、実家暮らしのアルバイト生活なら、これまでの家賃の半分を両親に渡しても、それなりの額が貯められたはず。それはもう、数年前から解っていることなのに。両親も、早く帰ってこいと言ってきてるのに。
 それを受け入れられないのは、高校中退後、家族と暮らすのが嫌で、祖父母の家に住み、両親が祖父母と同居すると知り、実家を出て、東京へ逃げ、京都へ逃げ、大阪へ逃げ続けてきたのに、自分ひとりが暮らす生活費すら稼げず、長く仕事を続けることもできず、自分勝手な生活を何年も続けながら、結局は親許へ帰るということを、実に不甲斐なく思うからである。帰ることは決めているので、それこそ、東海地震が起こる前には帰ると決めているので、そこに問題はないけれど、地元へ戻る費用、次のアパートの敷金、礼金、少なくともそれだけは、自分で稼いで払いたいと考えている。そこまで親に頼ったら、両親から逃げ出した、16歳のときと何も変わっていない。30歳を過ぎて、当時と同じような考えで、両親と暮らしたくないのだ。
 それが、僕の最後の意地、信念、支えであるけれど、両親からの借金、口座のマイナス、家賃や税金の滞納に繋がっている。とにかく、仕事が決まればどうにでもなる、と2年前は思っていたけれど、現状は、仕事が決まっても、続けることができないのだ。どん底無職期間といっても、当時とは状況が違う。明らかに、自分がおかしくなっているはずなのに、俺がおかしいはずがないだろう、と思っているのだ。本当におかしい人間は、自分がおかしいことを理解できない。おかしいと思える俺は、おかしくなんかない。
 
 みたいなことを書いたけど、まるで、酒に酔って書いたような文章である。って、実際に、酒を飲んで書いたので、その通りなのだけど。次の仕事が決まったら、とにかく行け、いいから行け。必要な額を貯めるまで働け、ということ( ノД`)うえぇぷっ…

「石岡君、思うんだが、君は僕といることで知性の退化現象が起こっている」
 私はきょとんとした。
「知性の退化現象?」
「僕といることが、決して君のプラスになっていない。そのことがとても心配だ」
(水晶のピラミッド/島田荘司)
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

銀の匙

【2014年2月25日公開】

 車谷長吉氏の『鹽壺の匙』を読了。暗くてしんどくて重過ぎる。何かを生み出すエネルギーは暗さから、と言った歌手がいたけれど、強ち間違っていない。殊に、あとがきが沁みる。

 詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。ことにも私小説を鬻ぐことは、いわば女が春を鬻ぐに似たことであって、私はこの二十年余の間、ここに録した文章を書きながら、心にあるむごさを感じつづけて来た。併しにも拘わらず書きつづけて来たのは、書くことが私にはただ一つの救いであったからである。凡て生前の遺稿として書いた。書くことはまた一つの狂気である。
(『鹽壺の匙』あとがき/車谷長吉)
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

降伏の儀式

【2014年2月24日公開】

 去年の10月以降、仕事を辞めるタイミングを尽く間違え、両親に頼るタイミングを尽く逸している。いつの間にやら、1週間くらい勤めて辞める、みたいなパタンに陥っている。こんな状況で、助けてください、などと言えるはずがない。誰かに相談するには、まず、精神を安定させなければいけない。けれど、僕がこの世界で生き抜く気がないのなら、誰に相談したところで、まったく意味はないのだけれ( ノД`)うえぇぷっ…
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

関西人はどうでもいい。もともと理解を越えているのだ。問題はわたしだ。

【2014年2月23日公開】

 驚くべきことに、本ブログのアクセスは、更新していないときの方が多いのだ。人気のある記事は、酒について書いたものばかり。まったく、読んでくれる方は、すべて逆張りか。それなら、耳が聞こえて良かったね、障害じゃなくて嬉しいね、くらいは言ってあげても良かろうに。人が批判されると、何故か、作ったものまでが非難されるのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。それなら、時代劇で、島原の子守歌が唄われるのはおかしい、とちゃんと突っ込んでいるんだろうな。モンドセレクションにしたって、オリンピックのように金銀銅があるから、勘違いしている人が多いけど、あれは予選などというものはなく、審査料を払えば、どれだけへたれた企業の商品でも審査してもらえるのだ。しかも参加国の半分以上が(以下略)みたいな。

 ということを、酒に酔った勢いで書いていて。前に書いたような気もするけれど、ブログを毎日書きますと言って更新しないのと、ブログはもう書きませんと言って更新するのでは、後者の方が、書く人にも読む人にも嬉しい、あるいは、ありがたいのではなかろうか。これは、僕が読む側に回ったとき、たまにでいいから、更新が少なくてもいいから、書いて欲しいと思うからである。反対に、毎日書きます、来週は書きます、本当に書きます、と言っておきながら更新できないのなら、ブログを止めます、と言ってくれた方が潔い。遅筆な作家が、次こそ早めに書きます、遅れません、と言い訳と謝罪で終わるあとがきほど、見苦しいものはない。僕は作家ではないから、このように酔っ払いの見苦しい文章を書いているのだ。
 
 僕が現在、ブログを書いたり消したりしているのは、精神が安定してないからである。たぶん。これは、仕事をしている、仕事をしていない、という状況とは関係がない。お金とは関係しているけれど。有職だろうと不安定になるし、無職だろうと安定しないことはない。世間的には、働いている者が偉い、働かない者は一人前ではない、という考えがあるようで、それがつまり、差別の基本になっていて。坂本竜馬がすごいのは、相手が幕臣であろうと乞食であろうと、教えを受けるべき人間なら、それを受け入れるという姿勢で(以下略)。実際、下書き保存した記事を公開すれば、気持ちの落ち込みに拘わらず、毎日更新することが可能であるけれど、気持ちが落ち着いたときに、ブログはもう止めよう、と考えていることもなきにしもあらずで、現状、気持ちが沈んでいるときには、ブログの更新は、下書きも含め、すべて止めることにした次第。

 それはまあ、解らないこともないけれど、公開した日記を消すことはないじゃろ、内容の修正など、いつでもできるんやし、と思っている向きがあるかもしれないが、かつて7年ほどひきこもっていたことが根底にあって。ひきこもりには1か0しかない。続けるか、辞めるか。するか、しないか。当時見たNHKのひきこもり特集番組に、スキンヘッドのナイスガイが出演していて、その著作、ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂを読んだものの、やはり僕には新本格しかないと思い、無為徒食だった生活を止め、上洛を決意するのだった。などと、唐突に昔話を書いて煙に巻いているけれど、酔ったときに書いた文章は、明らかに整合性を欠いていて、冷静沈着な僕が書いたとは思えない内容のため、素面になって読み返したとき、ひいっ、これまでに築いた知的でクールなイメージが壊れてしまうことを怖れ、更新しなかったことにするのだ。要するに、この記事も数日後に消すよ、ということで。

 例に拠って、新しい仕事が明日から始まるというのに、ぐたぐたと酒を飲んで過ごしているという。昨日までは、仕事の前日は酒を控えておいた方がいいと考えて、これで酒を最後にすると、一通りの酒をわんさか買ってきて、木金土の3日間は飲み食いして、これを最後の飲み食いにするのだ、と考えたものの、仕事の前日、日曜に買いに行くという有様。それも、昼に買いに行ったときは、これで最後だ、と考えて買うのだが、夕方にも買いに出掛けてしまい、これで最後だ、と考えて買うのだが、夜にも出掛けてしまい、これで最後だ、と考えて買うのだが、まったく最後になっていないことに愕然とする。
 酒を止めることを諦めて、飲む量を少なくした方が良いのかもしれない。この先、どれだけ生きるか解らないけど、むかついて酒をがーっと飲むことはあっても、コーラをがーっと飲んだり、牛乳をがーと飲んだりすることはなさそうだし。コーヒーは、飲むのを止めようと決め、半年くらいは飲まないで過ごせたのに。冬場になって、安くて温かい飲み物が欲しくなり、インスタントコーヒーを再び飲むようになった。
 ホットウイスキーが口に合わないので、温かいウイスキーを飲む方法がないものかと調べたら、ウイスキーの紅茶割、ココア割なる飲み方が紹介されていて、騙されたと思って試してみたところ、これがかなり飲みやすい。ハイボールよりもずっといい。クリアブレンドでも、角瓶でも、どちらでも飲める。コーヒーは試していないけど、ココアで割れるということは、コーヒーでも割れそうな気がする。しかし、それを試すためには、ウイスキーを買わなければいけない。そんなことを試すために、ウイスキーを買ってはいけない。瓶に残っているコーヒーがなくなったら、再び禁コーヒーをしようと思う。そうすれば、ウイスキーのコーヒー割を試すこともなくなり、ウイスキーを買う必要もなくなる。それはつまり、酒の量を減らすことに繋がる。

 かといって、この数日、仕事の決まった無職期間を無為に過ごしていたわけではなく、車谷長吉氏の私小説と格闘していた。読書はまさに格闘技。僕が読んだことのある私小説は、岳物語を始めとする、椎名誠氏の言う、明るい私小説であり、西村賢太氏の、エンタテインメントとしての私小説である。車谷氏の鹽壺の匙を読んで、これが私小説というものか、と驚いた次第。数時間で読める代物ではない。というか、未だ、読み終わっていない。
 島田荘司氏が新本格を語るとき、特に第一世代を語るとき、登場人物の背後、人格、出自を書いてしまうと、田山花袋氏と関わり兼ねず危ない、ということを述べていたけれど、それがようやく解った気がした。この国特有の、じめじめした陰湿感を、本格推理と繋げられてはたまらない。自然主義文学に繋がる、厄介な暗がりを切り捨てた作品が、まさに新本格、ということもないだろうけど、納得できないこともない。ただ、新本格第一世代は、読みたいミステリがなかったので、自分たちで書いてみた、と言われるように、私小説との繋がりを意識していたとは思えない。
 とはいえ、僕は私小説に詳しくないし、心境小説、あるいは家庭小説がどのようなものかを知らないし、第三の新人もさっぱりである。私小説を知らない僕は、私小説について語ることができない。車谷氏の作品は、続けて読むだろうけど、それ以上に、私小説を読もうとは思えない。2年前のクリスマスイブ、ミステリや新本格を読まない縛りを解いたのに、未だに、その縛りが解けていない。去年の8月には、執筆優先生活を解除したというのに。平日読書、休日執筆の生活を始めるには、仕事を続け、最低限の収入でも、稼がなければいけない、という結論になるのか。これだけぐたぐたと書いておいて。
 ちなみに、本記事では、(以下略)以外に、カッコも鉤カッコも使わないという書き方を試してみた次第。あの子のことはどうなったんだ、思われる方がいるかもしれないが、6月の命日までに、書くことができれば書くと思う。改めて考えると、あのサークルの人たちって、活動内容と反して、人間関係はとんでもなく陰湿だったからな。まさに、私小説もかくや、と思うくらいに。とかなんとか書いているけれど、明日からの仕事が不安で、酒を飲んで、戯言をがーっと書いているだけだよ。

 それはそうに違いなかったが、馬に狐を乗せて走らせる苦痛が私を囚えていた。将来自分に然るべき文章が書ける日が来ないにしても、私は原稿用紙二万六千枚、自分の中に空井戸を掘って見ようと決心していた。
(吃りの父が歌った軍歌/車谷長吉)
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

コロッケパンのような人生

【2014年2月21日公開】

 これだけどん底生活に陥っても、ギャンブルや消費者金融や新興宗教に関わらないのは、僕が人を信用していないからである。もっとも期待値の高いギャンブルは、賭け事をしないことだし、金貸しとの契約は、借りた金ではなく、のちに発生する金利との契約だし、神様は信じても、それを押しつけようとする信者は、まったく信用できないし。

 人間嫌いにも、利点はある。つうか、お前を信じる俺を信じろ。金を恵んでくれれば、それを生活費に使うと約束する。

 昨日の記事で、酒を止めた方がいいというアドバイスを戴いたので、今日で酒を止めるべく、バカみたいに酒を飲んで( ノД`)うえぇぷっ… このあとも、酔ったままでいるのなら、人が死んだらどうなるかの話をしようと思う。それはつまり、亡くなったあの子が、どのように利用されたのか、ということで。酔っていなければ、書けるものではない。
 あの子というのは、人類最強のこと。西尾維新氏の読者には、新兵器「悲恋」、一般の方には、宝塚の男役といった方が、イメージしやすいかもしれない。毎年6月に、書こうと思って書くことのできなかった、自殺の話。これは、僕の自殺ではなく、あの子の自殺である。なんだかんだで、思い切って書くまでに、10年以上が掛かってしまった。とか言いながら、冷静に考えると、容易に書くことはできないのだけど。

「きみこさんは性根のすわった人や、けど、うちはそうやないんや、情けないことは死ぬまで言うて言うて言い続けるんや、その方が気持ちがすっとするもん」
(桃の木の話/車谷長吉)
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

わたしはうつ病だ。いたわらないと悪化するぞ

【2014年2月20日公開】

 来週からの仕事が決まった。明日から来て欲しいと言われたものの、月曜からでお願いしますと頼んだのは、面接の帰り、採用でも、不採用でも、今日はサバナベリベンジだと考え、部屋に戻って、ヨロコビのサバナベを再び作り、酒を飲んでいるところに、採用の連絡が来たからである。大切な仕事の初日を、二日酔いのふらふら頭で行くわけにはいくまい。週明けの月曜から、たったひとつの冴えた頭で、新しい仕事に臨まなければいけない。月曜から金曜まで、集中して仕事を覚え、目標とする金額が貯まるまでは、休むことなく仕事を続け、残業を断ることなく、休日出勤の要請にも対応し、今度の仕事を大阪で最後の仕事にして、人生最後のアルバイトにするのだ、という固い決意があったからだ。

 というのは大嘘で、金曜が初日だと、1日行って、土日が休み、これはちょっと面倒臭い。それなら、金土日と仕事の決まった無職期間を過ごし、月曜から、心機一転、新しい仕事に専念すれば良いのではないか、と考えたからだった。

 というのは小嘘で、次の仕事こそ、本当に、目標とする金額が貯まるまで、続けることができるだろうかと不安だったからである。現状、住民税は支払っていないし、口座はマイナスだし、今月の家賃は滞納することに決めている。給料が入れば、とにかく、少しずつでも払っていけるのだが、それは当然、ひと月分の給料を前提で考えているのであって、数日勤めてバックレて、給料が数日分しか入らない、あるいは、まったく入らない、というじり貧の給料ではない。けれど、ここ数カ月の、数日行って、続けられません、辞めます、というパタンを鑑みると、仕事が決まったところで、それをいつまで続けることができるのかが不安なのだ。酒を飲んだところで、現状が変わることもないのだが、採用連絡をもらったあとで、コンビニに角瓶ポケットを買いに行き、それを飲みながら、このブログを書いている。

 酔ったときに書いた記事は、酔いが覚めたら消すことにしている。ブログを再開するのであれば、精神的に安定して、記事を定期的に更新できる状況になったときである。仕事が決まらない、決まったけど辞めた、金がない、つらい、しんどい、という日記は、2年前に書いている。同じことを書いても意味がない。そういうことなので、前の記事で書いたように、続きは2カ月後か3カ月後。始めた仕事を、1カ月以上続けられるようになってから。

 例によって、この記事は酔いが覚めたら消し( ノД`)うえぇぷっ…
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。

だからみんな、死んでしまえばいいのに…

 【内容が余りにも不適切だったため、本記事は削除しました】

 という記事を、4月1日にしか上げられないのが、結局のところ、僕が一線を越えることができないと物語っている。これまで散々、家族とは疎遠だと言ってきたけれど、なんだかんだで助けてもらっているし、最終的に頼れるのは、赤の他人よりも、血の繋がった家族だけ。
 まあ、血の繋がりは重要だと思わないけど、家族は大事で大切なもの。僕が読む小説にしろ、書く小説にしろ、恋愛がメインではなく、家族の関係がメインになるのは言わずもがな。恋人の話に興味はないけれど、家族の話には興味がある。故に、『解夏』収録の「サクラサク」が最高鋒。待ちに待った映画だよ( ノД`)シクシク…
 家族がいるから救われて、家族がいるから助けられている、それは、充分に承知している。この春、弟には2人目の子供が生まれるというのに、家族を裏切るなんて、できるわけがない。

「お父さんのお兄さんは、伯父さんじゃないの?」
「おじさんじゃないよ」
「30歳を過ぎているのに?」
「年齢は関係ないよ。俺はお兄ちゃんだよ」
「お父さんは、お兄ちゃんって呼んでるね」
「そうだよ、俺はおじさんじゃないよ。お兄ちゃんなんだよ」
「お兄ちゃんって呼べばいいの?」
「そうだよ、お兄ちゃん以外の何者なんだよ」
「お兄ちゃーん」
「゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)。. .。.:*・゜゚・*ポワワワァァン」

 という日が来るまで、僕は生きていなければいけないのだ。たとえ、雑草食べることになっても( ノД`)うえぇぷっ…
できるだけのことをするとは、できないことはしないという意味。
あのねこながい。
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もぐさ。僕っ子(大嘘)

Author:もぐさ。僕っ子(大嘘)
30代フリーター。アルバイトで食いつないでいます。

体調維持。腹八分目。消化で体力を消耗しない。節約して貯金。同情より金。とにかく金。同情するなら金をくれッ!!

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