あの子の話はどうなった?

 特にどうということもなくなった。
 あの子に対する憧れや尊敬がなくなったということではなく、あの子が自殺を選んだことを普通だと思えるようになったのだ(これは年代別の死因を知ったからである)。命日だから思い出す、誕生日だから思い出すということはない。他の知り合いと同じように、思い出したいときに思い出せば良い。生きているか死んでいるかは関係ない(この記事の公開が6月になったのは偶然である)。
 あの子の記事は「数年後には書けるかもしれない。あるいは、10年経っても書けないかもしれない」「酔っていなければ、書けるものではない」などと言っていたけれど。同じ高みに立っている僕は、酒を飲まずに、すぐにでも書くことができる。
 未だに公開されていないのは、他の記事との兼ね合いである。どの記事を先に書いて、どの記事を後にして、順番をどのようにするか。あの子を特別扱いしなくなった証左だろう。
 あの子に関する記事は、「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」「そしてそれから」という2記事で終わる予定。正確には、あの子のことではなく、あの子を見ていた僕の話、あの子を利用したサークルメンバの話である。極力近づかないようにしていたから、僕とあの子の直截なエピソードは、「人類最強のちゅうかなぱいぱい」しかない。
 2003年6月18日に見つかったのだから、あの子がスマホなんて知るはずもなく、「ポケモンGO」なんてできるはずもない(スマホもポケモンも僕があの子を思い切るための譬えである)。当時の会長からメールで連絡を受けていたのだが、この日のボックスはひどいものだった。女の子はみんな泣いているけれど、巡回リーダの僕は、同級生たちに人形劇の練習をさせなければいけなかった。先輩が亡くなったからといって、お寺さんや幼稚園からの依頼を断る理由にはならない。
 あの子の次の代のお母さん会長(この時点では前会長)は延々と泣き続けているのだが、前会長と同学年の女の子が美人薄命やなぁと涙もなく言っている姿はまさに対称的だった。
 メールで死因は伏せられていたけれど、会社の同僚があの子の部屋を見に行ったら、中で亡くなっていたとのこと。誰が話したのかは忘れたけれど、卒業した先輩と仲が良かった人だろう。その話にみんなが飛びつきそうになったのだが、お母さん会長があえて別の話に持っていき、それ以上を言及できなくなった。この辺りの要素が「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」という記事に繋がっていく。
私を助けてくれる不特定多数幻想依存症
あのねこながい。
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