勝手にふるえてろ

 それで結局、6年以上、言い訳を続けた結果がこれか──
 小学生が入学して卒業するまでの長い時間を、まるっきり無駄に過ごしてしまった。総決算も集大成も、何も果たせやしなかったな。自分で決めた目標が守れないで、じゃあ、いったい何ができるんだよ。


20代の総決算
 どうにか次の仕事が決まりました。3年前は、採用された書店が2件あり、給料の高い方を選んでしまったのですが、今回は、そのようなことはしません。週に4日働いて、残りはすべて、小説を書く時間に充てるつもりです。お金より時間を優先したので、家賃諸々と最低限の食費が賄えれば構いません。中村文則氏を真似てどうなるものではありませんが、自分がやりたいと思ったことは、試してみないと気が済まないのです。
 非常に大雑把な計算で、1日5枚しか書けなくても、400日続ければ、2000枚。現時点で1100枚ほど書き終わっているので、合計約3000枚。ぎりぎりですが、どうにか20代の最終日には間に合います。とにかく、書き上げないことには、先へ進めないのです。

 分水嶺の2009年1月19日に、僕は百貨店内書店を辞めています。失業保険の手続きはしたものの、仕事は探しませんでした。毎日、一日中執筆を続け、数カ月でささっと書き上げてしまおう、そのあとで、きちんとした仕事を探そう、と考えたのです。けれど、そう上手くは行きません。集中力が続かず、何度も中断してしまいます。それでも、書くために仕事をしていないのだから、どうしても書かなければいけない、と思い込み、それが悪循環になりました。ゲームはまったくやらず、読書の数をかなり減らし、食事の時間に、録り溜めた番組を少しずつ見るのだけが、数少ない楽しみでした。
 当然のことながら、働いていないので、給料は入ってきません。小説やコミック、CDにゲームと、欲しいものはあっても、買うことはできません。それでも家賃は払わなければいけないので、これまで貯めたお金は減る一方です。尽きるまでに書き終えれば問題ない、構わない、と思いつつも、本当に終わるのかが心配になってきました。また、僕は仕様もないことで落ち込むことがあり、22枚という1日での最高枚数が書けた日もあれば、ぐったりして何も書かない日が続く、ということもありました。
 がーっと書いてささっと書き終える、という当初の意気込みはどこかへ消えてしまい、それならいっそ、1日ずっとゲームをするとか、積読本を一気に読んでしまうとか、そのようなこともできたのですが、遊ぶために仕事辞めた訳ではないのだ、と何度も思い直し、投げ出すことはできなかったのです。賞を取るための小説ではなく、僕が前に進むための小説なので、この時期に書いておかないと、おそらく、もう二度と書けません。
 とはいうものの、好きなこともできず、書き上がるかどうかも解らない小説を書くのは、精神的にしんどくなってきました。書ける日にがーっと書いても、落ち込んで数日書かなければ、トータルでは、仕事をしながら毎日少しずつ書いていくのと大差ありません。何より、貯金が少しずつ減っていくという状況が、ひどくつらい。いったい何をしているのだろう、と考える毎日だったのです。
 しかし、この作品は何枚になろうと書き上げたい。それなら、仕事をやりながら書こう。少なくとも、生活費についての心配はなくなる。また、読書やゲームの時間も、適度に取っておく。執筆を優先するけれど、執筆だけの生活はしない。それでとにかくあと1年。20代のうちは、自分が思っているように生きておこう。という結論に、ようやく行き着いたのです。まあ、執筆ペースが遅いというのが、一番の問題のような気もしますが。(2009/09/18)

30代の集大成
 夢や希望といった前向きな目標を持ったことはほとんどなく、小学生の僕は、60歳までに死にたいと考えていた。これは、実に失礼なことなのだけれど、60歳を過ぎたら、自分を保てない、トイレへ行くのにも人の手を借りなければならず、粗相した衣服を洗ってもらわなければいけない。とてもではないけれど、そんな醜態を晒してまで、生きていたくない、60歳までにはなんとかして死のう、10歳そこそこの僕は、そのように思い込んでいた。
 まあ、小学生は馬鹿である。大して頭の良くない僕が小学生だったのだから、実に見当違いな考えだったと数年後に解る。60歳は長過ぎる、その半分で充分だ。僕が、20代の総決算がどうのこうのと執着している訳は、単に区切りが良いからではなく、30歳を過ぎてまで、生きていくことはないのでは、と少なからず思っているからだ。これは当然、僕自身のこれまでを振り返って考えたことなので、他の人には当てはまらない。どのように取られるかは、個々の自由である。
 僕の場合、これまでの人生はずっと、繰り返しの連続だった。暮らす場所が変わっても、接する人が変わっても、生活する環境が変わっても、これまでと同じような人たちがいて、これまでと同じような出来事が起こる。役者を代えた同じ劇を、何度も見ているような、あるいは演じているような。今後も役者が変わるだけで、同じことが繰り返されるだろう。
 この状況を打破するのは簡単である。僕が、嫌なことを嫌だと言わなければいい。それだけ。16歳のとき、僕はいじめられていたけれど、嫌なことは嫌だと言っていたし、やりたくないことは絶対にやらなかった。小心者なのに、頑ななのである。こういう言い方は恥ずかしいのだが、僕が一番強かったのは、いじめられていた16歳のころで、歳を取るに従って弱くなってきている。「俺は負けやしない」と「自分が正しいと信じることを成せ」を座右の銘にして、あのころはひとりでもなんとかやってきたというのに。いつの間に、こんなに弱くなったのか。他人と仲良くなってしまうと、弱くなるところは確かにある。しかし今更、当時の強さは取り戻せない。
 これまでと生き方を変えれば、今後も生きていけるはずである。変えるのであれば、中途半端にではなく、がらりと変える。他人に阿ようが、遜ろうが、みっともないと思わず、気に掛けないようにする。つまり、僕が16歳当時に、なりたくないと思っていた人間になってしまえば、少なくとも、繰り返しからは抜け出せるはずである。
 ──とはいえ。これらを実行するのは、本当に切羽詰まった状態になってから。今はまだ、20代のうちは、僕は僕の好き勝手にやらせてもらおう。とりあえず、このような方法もあるな、と考えただけで、本当に実行するかどうかは決まっていない。(2009/09/19)

自分の夢のために、子供を道連れにしないように。

コメントの投稿

非公開コメント

あのねこながい。
最新記事
プロフィール

もぐさ。僕っ子(大嘘)

Author:もぐさ。僕っ子(大嘘)
30代フリーター。アルバイトで食いつないでいます。

体調維持。腹八分目。消化で体力を消耗しない。節約して貯金。同情より金。とにかく金。同情するなら金をくれッ!!

メールやコメントの返信は、著しく遅くなることがあります。申し訳ありません。また、スマホからのコメントは書き込めない場合があります。

連絡先

INCIPIT TRAGOEDIA。
かくして借金返済の日々が始まる。
借りた金は返さなければいけない。

ブログランキング・にほんブログ村へ follow us in feedly

カテゴリ
記事数
検索フォーム
カレンダ
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06 
リンク
RSSリンクの表示
アクセス解析