CCC

 実にどうでも良いことだけど、僕は大学生のころ、「CCC」というサークルを立ち上げたことがある(更にどうでも良いことに、前記事と前々記事が、本記事の伏線である。回収する必要もないけれど)。
 それまで人間関係が途絶していたから、文芸部や推理小説研究会に入会したものの、メンバと対立して、早々に辞めることになったのだ。ひきこもりが大学生になったとはいえ、すぐに友達ができるわけもない。それならば、自分でサークルを作ってしまおうと考えた。まったく、10年前の僕は、とんでもないことをしたものだ。たとえ動機が、京都駅のジャンボパフェであったとしても。

 当時書いた原稿が残っていたので、抜粋して追記に載せておこう。興味のある人だけ、読めばいいと思うよ。決して、面白いものではない。ただ、ブログではまともな自己紹介をしていないので、このような偏屈な人が書いているのか、という参考にはなるかもしれない。それはつまり、10年経っても、性格が変わっていないということだけど。
  
CCCContinue 初回限定凄惨生産版
 
 という訳で、今回は特別変……ではなく、特別編である。これまで連載していたCCCContinueとは別物となる。例えるなら、日曜日のサザエさんと、火曜日のサザエさんのようなものだろうか(と言っても、最近の若者は火曜日のサザエさんを知らないようだ。日曜日のサザエさんは、今でこそ、「じゃーん、けーん、ぽーん、うふふ」などと言っているが、昔は、饅頭を喉に詰まらせて、「んがぁ、ぐぐぅ」と苦しんでいたのだ)。もっと解りやすく言うなら、従来は普通の「サザエさん」だったのが、今回に限り、「よりぬきサザエさん」になったと考えてもらえれば良いのだが、「よりぬきサザエさん」を知っている若者は、火曜日のサザエさんを知っている人よりも、更に少ないだろう(というか、何でこんなにサザエさんに固執するのか?)。とりあえず、スペシャル、プレミア、デラックス、のような雰囲気が、そこはかとなく醸し出されている(はずだ)。
 第1話、第2話、を飛び越して、この特別編を読まれる方々のために説明をしておくと(何しろ、一年半も連載が休止していたのだ!)CCCContinueとは、創元創作研究会の軌跡を克明に記した、完全実録小説である。
 なお、人名や団体名が実在のものと一致する場合もあるが、実際の出来事を書いているので、それは当然であることを了承して頂きたい。

【さすがに、ネットで実名を書くわけにはいかないので、名称はすべて仮名にしました】

 制服少女など比べものにはならなかった。それだけインパクトが強かった。文芸部の部長は──。
 
 うさぎだった。

 というのが第2話のラストなので、第3話はこの続きから始まる。遂にうさぎの正体が、文芸部の謎が明かされることになるのだが、前述したように、今回は第3話ではない。特別編は、うさぎ編とは時間軸が違うのである。
 では、いつの時代かというと、第2話から暫く経ったころ、時に西暦2002年。5月22日から物語は始まる。

1 until文芸部

「なんだとこら、もう一度言ってみろ」
「何度でも言ってやる、俺はなあ──」
「ちょっと、止めてよ。落ち着いてよ」
「……うっく、ぐすっ。えーんえーん」
「食事は、マクドナルドでいいですか」

 場所は、××大学文芸部、夕刻のボックスである。この日は、文芸部の部会があり、入部届の締め切り日だった(これは今考えると、学生課に提出する期限のことと思われる。入部期限に締め切りがあるサークルなどないだろう。中学の部活動ではないのだ)。
 僕は大学では推理小説研究会(通称ミス研、あるいはミステリ研、または宇宙人とは関係のないミステリーサークル)に入ると決めていた。当初、××大学にミステリ研が見つからなかったので、文芸部に入ろうと考えた。ミステリ研に入りたければ、他大学の活動に参加させてもらえばいい。自分の大学では文芸部に所属しようと思っていた。
 しかし、大学のことを調べているうちに、××大学にミステリ研も存在していることが解り、僕は文芸部との掛け持ちを決意した。
 ミステリ研の方は、サークル認定をされたばかりの新しいサークルで、活動内容が少ないこともあり、他のサークルとの兼部や、バイトとの掛け持ちを認めていた。
 そして、文芸部の方も、何度か部長に兼部の話をして、それで構わないという言葉をもらっていたので、僕は文芸部とミステリ研に所属するはずだった。
 ところが、である。
 入部届を出すときになって、文芸部は他のサークルとの兼部を認めていない、と言われた。他のサークルならまだしも、特にミステリ研は、文芸部と似た創作サークルであるので、両方に入るとどちらかの活動がおろそかになる、というようなことも言われた。
 今更そんなことを言われてもな、と僕は思った。文芸部の部長にも、兼部のことは話してあったのだから、何も問題はないはずである。そのことを言ったら、部長が認めても、部員の多数が認めていないから、駄目だ、とよく解らないことを言われた。
 それでは、部長の権限もなにもあったものではない。文芸部には、男子部員は少なく、僕が知る限りでは、三年生に二人、そのうち一人が部長だった。この部長は僕のことを気に入ってくれて、僕も部長に好感を持ったので、女子が多くて入部をためらっていた文芸部に、入ろうと考えたのだ。
 ただ、兼部がいけない、という取り決めに関しては、部長は関係なく、女子特有のグループ間の問題があったのだろう。リーダー各の女子何人かが、駄目だと言ったのなら、サークル内で、それは絶対に駄目なことなのだ。文芸部は女子の間で上下関係がはっきりしていたようだ。
 この日、部長はいなかった。もし、いたとしても結局は多数の女子の意見が通り、結果は変わらないのだろうが、このときは多数対僕一人、という構図だった。中には、そんなもの別どうでもいいんじゃない、という特殊な人もいたのだが、この人はこんな話し合いは詰まらないらしく、早々にボックスを出て行った。
 そして、この日ボックスを訪れていたOBやOGを交えて、やんややんやの騒ぎになるのである。それを脚色したのが、冒頭の台詞群である。脚色されてはいるが、内容的には間違ってはいない。実際は、もっと酷い有様だった。それを忠実に書くと、実録陰惨陰険小説になってしまう恐れがあるし、この話は文芸部物語ではないのだ。
 要するに、そのときの僕の選択肢は二つ。文芸部に入るか、ミステリ研に入るか、のどちらかだった。
 本来なら迷うことなくミステリ研に入るはずだった。僕は、ミステリ研入部のために、関西の大学を選んだのだ。けれど、ミステリ研を見つけるのが遅れたために、文芸部の説明を聞き、仮入部の状態になった。そして、部長に良くしていただいたために、文芸部にも入りたい気持ちも強くなっていたのだ。
 僕は、××祭で文芸部の説明を聞いて以来、文芸部のボックスを何度か訪れ、上級生たちの顔や名前を覚えていたのだ。中には、僕が自分の名前を言おうとすると、「私、名前覚えへんから、自己紹介せんでいい」と言われた方がいたり、二枚目風のうさぎ部長は、男と同棲生活をしていたり(と書くと嫌らしい響きだが、要は寮生活が終わってからも、ルームメイトとそのまま一緒に暮らしているだけである)と、部内の様々な情報を得ていたのである。
 そのような努力をこつこつと続けていたのだ。それなのに。兼部が駄目だというのなら、もっと早く教えてくれれば良かったものを。と思ったものの、そんなことを言ってもどうしようもない。
 そして、僕が簡単に折れる性格であったのなら、そうですか、解りました、失礼します。と、ことは収まったのだが、僕が突っ掛かっていくので水掛け論が続く訳である。「入部する」「駄目」「駄目じゃない」「駄目」「何で駄目なんだよ」「兼部だから駄目」「いや、入部する」「だから駄目だって」「だから何で駄目なんだよ」「駄目駄目」(繰り返し)。
 僕が怒っていたのは、入部出来ないことではなく、約束が違っていたことである。約束を破る、ということを僕は極端に嫌う。だから、部員たちと言うことの違った部長に対しても憤っていた。
 延々と切りがない言い争いが続いた。女の子の一人は泣き出してしまうし、それを幸いにと、その子を連れて何人かの部員は出て行ってしまう。残ったのは、OBやOG連中と、リーダー各の女の子たち。この状況で僕に勝ち目などないし、ここまでこじらせたサークルで活動して楽しいとも思えない。それが解っているのに、僕は両方のサークルで活動したい、と意地になっていた。
 やがて、OBの一人が僕をボックスの外へと連れ出した。この文芸部OBは、「悪の先輩」と呼ばれていた。というか、僕が勝手に、そう呼んでいただけである。それは、この先輩が被っている黒帽子に、白字で悪と記されているからだ(この帽子の影響は強く、一目見ただけで、僕も同じ「悪」の帽子や、「侍」の帽子を買ってしまうことになる。これこそまさしく、「悪」影響……でもないのか)。
 「悪の先輩」と暫く二人で話したが、結局は今の文芸部の規律を変えることは難しい。君が何をしたところで、兼部は無理だろう 文芸部に入るか、推理小説研究会に入るか、じっくり考えて決めればいい。そう言われた。
 そして、どうしても文芸部に入りたいのであれば、自分で文芸部を作るしかないな、とも。
 このような状況にでもならなければ、僕がサークルを立ち上げよう、などと考えたりしなかっただろう。文芸部とは違う文芸サークルを作る、それは良い考えではないか。そのとき、既に僕は文芸部に入部するのは止めて、自分で新しいサークルを始めようと決めていた。
 翌日。僕は文芸部の連中に決着をつけに行った。喧嘩もしたことがないのに、自棄になると前が見えなくなるのだ(もちろん、本当に前が見えないと、電柱にぶつかる恐れがある)。部長とはきちんと話しておきたかったし、決めたことは言っておきたい。仮入部、という状況をそのまま保留しておく訳にはいかないのだ。
 昼過ぎに文芸部のボックスへ行ったら、またしても部長がいなかった。けれど、今回は部長に用があったので、このまま引き下がる訳にはいかない。他の部員に頼んで、部長を呼び出してもらった。なるほど、携帯電話はこのようなときに使うものだな、と思った。
 部長が来てから、僕は思っていたことを全て話した。それで結果が変わる訳でもないが、部長は僕に謝ってくれた。別に全てが部長のせいではないのは解っているが、そのときの僕は憤っていたのだ。
 最後に僕は、文芸部には入らない。自分でサークルを作る、と伝えた。
 更に厚かましくも、文芸部の部員の方々に、会誌の基本的な作り方を教えてもらった。彼女たちもこれで最後だからだろうか、きちんと教えてくれた。
 そして、文芸部のボックスを後にした。

 そのまま僕は、学生課へと向かった。思いついたことはすぐに実行した方が良い。考えるよりも先に、行動に移していた。文芸部め、今に見てろよ、この野郎。と文芸部に対する意地だけで動いていたような感がある。
 学生課に訊いたのは、サークル発足の件である。非公認サークルを作るのには、特別問題はなかった。ただし、非公認サークルに教室を貸すことは出来ないし、正式なサークルとして認可されるためには、四年間の活動実績が必要である、ということだった。
 それらは大した問題ではなかった。教室など無断で使用してしまえばいいし、それが駄目なら、流氷館なり、食堂なり、空いた場所を使わせてもらえばいい。端から見れば、サークルで集まっているのか、友達同士が集まっているのか、見分けがつかないだろう。
 正式団体になるには四年間の活動が必要との件にしても、活動が出来るのであれば、別に非公認で構わない。もし運良く認可されることになっても、それは僕がこの学校を卒業したあとのことだ。僕が非公認サークルを作るに当たっての問題はない。
 学生課の次は、中央執行委員会に掲示板の使用について聞きに行った。部員募集の方法は、ビラ貼りを考えていたからだ。これに関しては、ビラに中執の判子が押してあれば構わない、とのことだった。

 帰りにファミリーマートでジュースやお菓子やデザートや甘いもの(女の子のようだ。けれど翌日も授業があるので酒は飲めない)を買って、下宿に戻って自棄食いをした。もちろん、文芸部に入部拒否されたことに対してである。
 そしてCCレモンや、白玉ぜんざいを食べつつ、新しいサークルの名前やら、ビラやら、アンケートやらをどのようにしようか考えていた。

2 until創作研

 さて、サークル名は何にしよう。文芸部2、新・××文芸、などと考えることは一切なく、創作研究会、とすぐに決まった。物語を作るのだから、創作研究会。実に安直である。けれど、それだけだとどうもしっくりこない。そこで、頭に創元と付けて、「創元創作研究会」とした。東京創元社という出版社が刊行している、創元推理文庫の名前を、一部お借りしたのである。
 そして、英訳は、クリエイティブ・クリエーション・サーカムスタンス(Creative Creation Circumstance)とした。素直に、サークル(Circle)としなかったのは、ひねくれて考えた訳ではなく、サークルの綴りはSで始まると勘違いしていただけのことだ。そのため、略称をCCCと揃えたかったので、Cで始まるサークル以外の言葉を使用した次第である。
 サークル名が決まったので、次はアンケートやビラを作ることにした。アンケート用紙は、比較的簡単に作ることが出来た。けれど、ビラ作りには少し問題があった。この時点では、創元創作研究会の会員は僕一人である。それを正直に書くと、「現在、部員は僕一人だけです。みなさん、入って下さい」と、ちょっと入部をためらわれるような響きを感じさせてしまう。それはいかにも不味いので、ほんの少しだけ、はったりを使わせてもらった。
 文芸部の仮入部時代に知り合った女子と、同じ授業で知り合った男子の名前だけを借りたのだ(厳密には、借りたのは名前ではなく、人称である)。
 当時のビラを見たことのある方はもう殆どいないだろうが、文面には、こう記されていた。『現在は発起人と男女各1名の(一応)3名となっています』と。
 一応、とカッコで断ってあることがポイントだ。もし、部員は三人じゃなかったんですか、と訊かれても、一応は三名だけど、実際は僕一人なんですよ、と弁解すればいい。
 連絡先はどうしようかと迷ったが、携帯電話のアドレスと電話番号、それに学内パソコンのアドレスを記すことにした。携帯を持たない学生がいるかもしれないが、学内パソコンは自由に使えるはずだし、逆にパソコンを使わない学生でも、電話なら使えるはずである。
 こうして、サークル名、アンケート、部員募集ビラなどを作り、着々と新サークル発足の準備を僕は続けていた。

 ビラを印刷したあと、僕は中央執行委員会に赴き、全てのビラに判子を押してもらった。このとき、担当してくれたのが、中執の北極熊さんで、丁度一年後に厄介になるのだ。更に、彼は文芸部のうさぎ部長とも面識があり、僕もまたうさぎ部長の世話になるのだが、それはもう少し先の話である。
 ビラに判子を押してもらったものの、既に時刻は夕方近かったので、ビラ貼りは翌日することにした。この時間はまだ、残っている学生が多く、人目につく。出来れば、人に見られない時間帯にビラを貼りたかったのだ。

 そして翌日。2002年5月29日。
 朝早くに下宿を出て学校へ向かった。もちろん、他の学生が登校してくる前にビラを貼るためである。1号館、2号館の掲示板、校舎の外や、ボックス棟にある掲示板、貼れるところには全てビラを貼って回った。
 パソコンで印刷した味気ない文字に、申し訳程度の色が付けてあるだけのビラである。このようなものを誰が目に留めてくれるのだろうか、と思いつつも、僕は待つしかなかった。誰からも連絡がなければ、それは仕方がない。一人で活動することなど出来ないので、そのときは潔く諦めるしかない。僕に出来るのは、ただ待っているだけだった。

3 until新入部員
 
 ビラ貼りから一週間位は、ずっとそわそわとしていた。もしかしたら、メールが届いているかもしれない、と携帯電話で何度もセンター問い合わせをして、3号館で授業がない日でも、学内パソコンのメールを調べた。けれど、誰からも連絡はなかった。
 二週間が経ったころ。奇しくも、ワールドカップ、日本対チュニジア戦が行われ、試合観戦のために、講義を受ける学生数が大幅に減った、その日のことだ。
 初めて創元創作研究会宛てに連絡が入った。
 僕はすぐさまメールを返したのだが、それ以降この方から連絡はなかった。活動内容は何ですか、と訊かれて、まだ決まっていません、と答えたのが不味かったのだろうか。
 ビラ貼りから三週間経っても、他に連絡はなかった。さすがに、これ以上待っても無理かもしれないな、と思い始めた。
 遂に一ヶ月経ち、サークル設立を諦めようとしたころである。二年生の学生二人からの連絡があった。この方たちには、一週間後に説明会をすることを伝えた。
 それで気を良くした僕は、インターネット上でも部員の募集を行うことにした。どうせ非公認サークルである。何も、部員を大学生だけに限ることはない。そう思って、僕はインターネットの掲示板サイト(というのかは、定かではないが)に、部員募集の告知を出した。大学名を出すのは、さすがにためらわれたので、活動場所は、やわらか銀行駅付近の大学(解る人には解る説明だが、解らない人には全く解らないだろう)です、と書いた。
 その数日後、二年生の男子から、興味があるけど、今年は入れません。とのメールが届いた。彼には、来年になっても興味があれば、また連絡を下さい、と返した。
 幸か不幸か、ここへきて連絡続きであった。多少なりとも、ビラを見てくれた人がいたのは、嬉しかった。
 そして、7月1日。初めての説明会の日である。
 一体、どんな人が来るのか不安だったので、僕は例の名前を借りた男子に一緒に来てくれるように頼んだのだが、用事があるということで、一緒に来てはくれなかった。仕方なく、僕は一人で、放課後の1201教室に行き、入部希望者が来るのを待った。
 手持ち無沙汰で、僕は教室の中をうろうろしていた。ドアは開けておいたので、教室前の廊下を通る人がいるたびに緊張していた。こんな状態で、まともに説明など出来るのだろうか、と思いつつ、僕は教室を徘徊していた。

 説明会の時間を少し過ぎたころ。1201教室に入ろうとしているらしい男子学生が二人いた。穏和な顔つきをした学生と、眼鏡を掛けた学生である。この教室に来るのであれば、この二人が入部希望者なのだろうが、僕は動揺して、この教室で授業があるのですが、などと訊いてしまった。
 そうしたら、穏和な方が、この教室でサークルの説明があるのです、と言われて、やはりこの人たちが入部希望者だと解り、僕は多少ほっとした。何しろ、誰が来るのか解らないので、もしかしたら、体育会系の方が来たり、不良さんが来たり、地球外生命体さんが来たら一体どうしようかと思っていたのだ。とりあえず、日本語が通じる相手が来てくれれば、何とか説明だけは出来そうだ。
 早速僕は、アンケート用紙と概要用紙、連絡先を記した用紙を二人に配って、説明会を開始した。自慢ではないが、僕はこれまで、生徒会長も、学級委員も、班長さえもしたことがなかった。そんな僕が説明をするのだから、しどろもどろで、たどたどしいこと、この上ない。
 それで、実は部員は僕一人だということや、活動内容もまだ決まっていない、ということを全て話した。それでも、この二人は入部してくれると言う。そのとき、入部者二名と僕の三名で、創元創作研究会は発足した。記念すべき、新サークル発足記念日である。

4 until初例会

 新入部員として入ってくれたのは、Tさんと、Hさん、二人とも哲学科の二年生である。下級生の僕が上級生に向かって説明をするのは、気が引けたのだが、そんなことを躊躇っている場合ではなかった。そんなことを考えたら、サークルなど作れやしない。もっとも、僕が現役合格十八歳の学生であれば、ひたすら恐縮していたのだろうが(そこは、深く考えないでおこう、と)。
 初めての説明会が無難に終わり(少なくとも、「部員が三人ってのが嘘だとぉ! この詐欺野郎、表へ出やがれ」などという事態にはならなかった)、新入部員を二人確保したあとは、サークル発足記念とかこつけ、三人で食事に出掛けた。などと書くと、初対面のときから、僕が二人を食事に誘ったように思われるかも知れないが、そうではない。
 僕は、人見知りはするし、顔見知りはいないし、自分から話し掛けるような積極的な性格でもない(もし、口がなければ、言葉など話さないような人間なのだ)。当然、知り合ったばかりの二人に、食事に行きましょう、などと口に出来るはずがない。
 説明会が終わったあとに、学園祭実行委員のボックスに行き、企画の説明を聞いてきたので、解散する時間が延びてしまった。そのため、TさんとHさんは、夕食を食べてから帰ろうと話しているようだった。それを聞いて、ご一緒させてもらって宜しいですか、と僕はすごすごと切り出したのである。
 幸い、二人は僕の申し出を受け入れてくれたので、三人で夕食を摂ることになった。
 僕は上洛してから、ほぼ毎日自炊をしていた。弁当を買うことも、滅多になかったので、外食をしたのは、京都へ来てから一度か二度しかなかった。けれど、この日は記念すべきサークル発足記念日である(と自分を納得させて)ので、多少の贅沢は構わないだろうと考えた。
 Tさんが電車通学で自転車がないので、大学から歩いていける距離の定食屋へ行くことにした。烏丸通りを南下し、クラクラ前の交差点を左折してすぐの場所である。向かいには八百屋、隣には、お好み焼き屋が並ぶ。
 幸い、中は混雑していなかったので、四人がけの席に座ることが出来た。奥の席に座っている男女も、××大学の学生たちだろう。
 僕が頼んだのは、コロッケ定食(550円)だが、これでも十分に贅沢な夕食である。と言えば、僕の食生活をお解かり頂けるだろう。
 そこで、二人とサークルのことや他のことを話しつつ(多分、サークル以外の話は全て他の話だ)食事をして、定食屋を出たあとに、今度こそ解散となった。
 
 僕は、サークル発足記念日だからと理由を付けて(厳密には、既に千円札を崩して使っているのだから、お釣りも使ってしまおうと考えて)、帰りにスーパーで、おはぎとチョコボールを買い、下宿に戻って、ひっそりとこっそりと、一人でサークル発足をお祝いした。
 自分がサークルを立ち上げる、などという夢物語が実現してしまったのである。一人では無理なことも、部員がいれば可能となる。これからどのような活動をしていこうかを考えるのが、非情に楽しみであったのだ。
 さて、その三日後である。創作研にメールが届いた。それも学内の生徒ではなく、××××大学のKさんという方からだった。これはもちろん、インターネットの掲示板サイト(のようなもの)に部員募集の告知をした結果である。他大学の生徒であり、簡単に会って説明会をすることが難しかったので、彼女には例会の日時が決まったら連絡するので、出来ればその日に来て欲しいということを伝えた。
 それ以降、インターネットの掲示板への問い合わせは全くなかったので、これは三ヶ月程で消去されることになる。

人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない。

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