仕事なんやから

 特に仲良くしていたわけでも、慕っていたわけでもない。彼女のことが好きだった、告白して振られた、などというエピソードもない。彼女のことを覚えているのは、年齢が同じだったから。ただそれだけ。性格だとか、外見だとか、他の要素も多少はあるけれど、同い歳でなければ、そこまで印象に残らなかっただろう。生まれ年が同じ、年齢が同じということは、彼女が生きていたら、僕と同じ歳になっている。これが年上だとか、年下だとかいうのであれば、あの人は何歳になる年だっけ、と考えなければならない。
 あとから知ったことだけど、誕生日が数日違いで、三人兄弟の一番上だとか、血液型がA型だとか、占いが嫌いだとか、子供向きではないと自覚しながら、子供と触れ合う活動を続けていたとか、共通項はいくらかあったみたいだが、それらは些細なことである。すべては、同い歳ということに収束される。
 僕は彼女をさん付けで呼んでいた。年齢差はなかったものの、学年差があったからだ。僕が入学したとき、彼女は四年生だった。僕は自分から、三年ほど遅れているのだ、などと言いはしないので、知らないメンバは知らないままだろう。外見だけなら、現役で充分に通用したし、浪人してまで三流大学に通うとは誰も思うまい。高校を辞めてしまったので、そのあとの展開が、世間一般の人たちとは異なるのだ。まあ、僕のことはともかく。
 彼女は、一言で言うと、外見も性格も男前な人だった。長身で、茶髪にサングラス、カジュアルなジーンズ姿でいることが多かった。彼女が会長をやっていた当時の新入生は、彼女に憧れて入会した女の子ばかりだという話も、強ち冗談だとは思えない。実際、サークルの女の子たちの大半が、彼女を慕っているようだった。女の子が惹かれる格好良さとでもいうのか、宝塚の劇団員のような雰囲気を醸し出していた。遠目に見て、煙草を吸っているところなど、女子学生には見えないだろう。また、性格が男前で、目に余る振る舞いの男子学生を呼び出し、ひっぱたいて改心させたという逸話もあった。
 とはいうものの、僕自身は彼女と話したことはほとんどない。会った回数は、両手の指にも満たないだろう。彼女は四年生で学校に出てくることは少なかったし、僕は同学年の学生と少しずつでも仲良くやっていこうとするのに精一杯だった。たまにしか会わない上級生は、優先順位が低かったのだ。それでも、名簿での自己紹介文や、サークルで女の子たちの噂話は聞いていたから、無関心というわけではなかった。だからまあ、彼女に対するイメージというのは、会う前から、大部分が形作られていたといえる。
 憧れの人だから女の子たちの評価が高いのだ、絶対どこか誇張しているだろう、と考えていたのだが、実際に彼女と会って話してみても、イメージは覆らず、評判通りの男前な女の子だったことにびっくりした。年齢は同じだが、相手は先輩であるので、当然僕は、丁寧語で話していたけれど。当時、最新のメフィスト賞受賞作を読んでいたこともあり、人類最強の請負人というのは、こんな感じなのだろう、と思った。
 その後、ボックスにいるときや、サークル活動の様子を見て、はっきりとものを言い、行動に移す人だな、と感じた。彼女相手に、女の子なんだから、という考え方は、おそらく通用しない。嫌ってはいないけれど、できれば、近づきたくなかった。仲良くなれば、あとから後悔するだろう、というタイプだった。
 僕が入会したとき、彼女は四年生で、会長職は退いており、会長は三年生の女の子が行なっていた。その人がまた、外見も性格も彼女とは極端に異なり、みんなのお母さんという感じで、優しさを全身から発しているような人だった。僕がサークルに入ろうと決めたのは、このお母さん会長の影響が強い。
 仮に僕が一年早く大学生になっていて、彼女が会長を行なっているときにここを訪れたのなら、僕は間違いなく入会していなかっただろう。それだけはいえる。止むを得ず、彼女の人柄を知ってしまったというだけだ。──知らなければ知らないで、済ませることができたはずなのに。

 いつだったか、サークルのメンバ数人と活動を行なった日。京都駅近くのアミューズメントビルで、子供たちに配るシールを買ったあと、地下にある彼女のバイト先で昼食を摂ることになった。一緒に行った女の子たちが、この店で彼女が働いているんだよ、と言って、メンバを連れていったのだ。あるいは、彼女の店へ行くことは決まっていて、同じ建物に雑貨屋があるので、ついでにシールを買っていこう、という流れだったのかもしれない。女の子のファンが多かったからな、あの人は。
 そこは中華料理店のようだった。小さな店で、昼時なのに、他のお客さんの姿は見えなかった。席に着くとすぐ、店員が水の入ったコップを持ってやってきた。目の前に座っている女の子ふたりはお喋りを続け、何か気に入ったものでも見つけたのか、仕切りに可愛いと言っている。隣の男の子は、疲れているのか、ゆっくりとコップの水を飲んでいた。
 僕はメニューを見て、一番安い料理を探した。焼飯というのが一番安いのだが、その言葉を僕は聞いたことがなかった。なんとなく、チャーハンのような気はするものの、チャーハンは「焼飯」とは書かなかったような気がする。
 女の子たちが店員と親しげに話しているようで、顔を上げてみると、その店員が彼女だった。店の制服なのだろう、印半纏のような黄色い服を着ている。当然、サングラスなど掛けていない。なんというか、印象が違い過ぎていた。女の子たちが、仕切りに可愛いと言っていたのはこのためか。
 いや、女子大生がウエイトレスのアルバイトをするのは、珍しいことではないだろう。あの男前の彼女が、このような格好で、いらっしゃいませ、と言っているとは。予想外だ、これは。僕が見ていることに気づいたのか、彼女はこちらを向いて、お疲れ、と言った。ああ、どうも、と僕は挨拶なのか頷きなのか良く解らない返事をして、印半纏の店員さんに訊いた。
「あの、焼飯というのは、チャーハンのことですか」
「そうだよ」
 想像した通り、やはりチャーハンだったようだ。僕は焼飯を注文することに決めた。他にお客さんがいないからか、彼女は、そのまま、女の子たちと話している。各自がそれぞれ注文を告げ、彼女が厨房へ戻ろうとしたところで、僕は声を掛けた。
「その格好、見られて恥ずかしくはないんですか」
「え?」
 思わず訊いてしまった。彼女も、どう答えていいのかを躊躇っている様子だった。
「そんなん、恥ずかしいに決まってるやん」
 そう答えると、彼女は、恥ずかしがり屋の女の子みたいに小さく笑った。またしても、予想していない答えだった。男前の雰囲気はどこへ行ってしまったのだろう。けれどそのあと、いつものしっかりとした口調で付け加えた。

「恥ずかしくても、しっかりやらなあかんやろ。仕事なんやから」
 
 何かおかしいな、と思った人がいるかもしれないが、この文章は、彼女が亡くなった3年後に書いたものである。亡くなった理由を決めつけるのは12年後のことになる。それでも、彼女に対する根本的な想いは変わらない。なんでもない出来事であるけれど、僕にとってはいつまでも覚えている、なんでもなくはない出来事である。 

それが、実弾だ。生活に打ち込む、本物の力。

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続きないんですかこれ

連載だったら次も読みたいと思いますよ。
いつもより軽い感じで読みやすいですし。
それこそ何で死んじゃったのか気になってきました。
いやもう出来ることならもぐささんが取材にいって真相を求める話とか勝手に期待しちゃうくらいですよ。

続きないんですよ

ゆうきさん
コメントありがとうございます。

軽い感じ、というのは、学生時代のなんでもない出来事を書いたからだと思います。僕のブログは、しんどかったことやつらいことしか書いていないですからね。

続きを期待されているようで、それはとても嬉しいのですが、これ以上はありません。そもそも、彼女と会って、話したことがほとんどないのです。

彼女が亡くなってからの話を1度書こうとしたことがあったのですが、余りにもつらく、不愉快になりそうで、書くのをやめました。もし書くことができるのなら、「そしてそれから」というタイトルになるような気がします。ただ、酔っていなければ書けないような内容になるので、たぶん、書くことはないような気がします。
あのねこながい。
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